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From you

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「それで、そのまま帰ってきたんですか?」
 薄汚れた外観に見合う隙間風の這う下宿で、僕は大学の先輩を前に子どもを叱りつけるような声を出していた。
 「だって、つまらなかったんだよ」
 畳を植物のツルのように伸びていく幾つもの電気コードを片手で弄び、足の欠けたちゃぶ台の上の羊羹をぱくぱく食べながら先輩は簡潔に述べた。
 「せっかく長く続いたのに」
 僕は白磁の湯飲みの底にこぞんだ緑茶の葉を覗き込み溜息をついた。
 今日という日は言うまでもなく、先輩と彼女が付き合いだして丁度二十一日目であった。三週間である。僕の知る限り最長記録だ。
 彼女は先輩への恋のキューピッドとして大学構内で度々女性に呼び止められる僕の、両の手を使っても足りない何十番目かの依頼人である。
 白皙の美男子である先輩は、その肌と対照的な黒い髪をしていて、衣服も黒い服以外着ないので、彼だけ古い白黒映画の役者のようだ。
 いつも唇の端を僅かに上げ、癖なのか眉間にしわの寄った、笑っているのか歪めているのかわからない表情は、どこぞの文豪のような崇高さと傲慢さが感じられ、その謎の魅力に女性はバミューダトライアングルよろしく先輩へと沈んで行く。さながら僕はその魔の海域への案内人である。一言添えておくがそんな面倒で物騒なものを好きでやっているわけではない。
 しかし、屋内だというのに年中着ているファーのついたコートも脱がず、幾つもの段ボールにPCパーツのジャンク品が溢れる四畳半で胡坐をかいてハムスターのごとく羊羹を口へ詰め込む目の前の青年に、そのような魅惑の力は欠片も感じられなかった。
 「臨也さんって写真写り悪そうですよね」
 「そう?あんまり気にしたことないなあ」
 唐突な僕の言葉を先輩は微塵も吟味した風もなく、せっせと羊羹を切り崩している様は文豪というよりは片田舎の教師が職員室で出張土産を頬張っているようだった。
 「それよりさ、帝人君、この前言ってた映画なんだけど日曜に行こうよ。暇になったから」
 「え?いや、そう言う話でなく…」
 「あれ?もしかしてもう見ちゃった?酷いなあ、いつか一緒に見に行こうって約束したじゃない」
 先輩との約束は大学で彼と知り合ってから幾度も結ばれたが、それが解かれたことは一度もない。された約束はそのままずっと結わえられたまま、あちこちに転がっている。そんな事は向こうも重々承知だろうに、いかにも僕が無情な奴だと言わんばかりの非難を込めて嘆いて見せるから性質が悪い。どうせその暇になった日曜も二日も経たないうちに別の誰かとの約束で埋まってしまうに違いないのだ。
 物言わぬ写真ではわからないが、このモノクロ色男は大変雄弁で、口から先に生まれて来ましたと言っても驚くよりむしろやっぱりと思わせる酷いおしゃべりであった。しかも人を怒らせるのが特に上手く、同期生と諍いを起こし、血みどろの追いかけっこをしている様は僕が入学する前より大学の名物となっていた。
 実を言うと僕は先輩がどこの学科に在籍しているのか知らない。そもそも彼の同期生以外誰も知らないのではないだろうか。他大学の学生ではないかと言う噂さえある。先輩が幾つなのかも知らないし、どこに住んでいるかも謎だ。ただ、僕がこの大学に入学した時、先輩はすでに先輩であり、かつ四回生からもすでに先輩扱いであったので、多分留年をしているし、僕が二回生になってもやはり大学の先輩であった。OBとかではなく。
 謎が謎を呼ぶ先輩は、名前を折原臨也と言う。聞いたところによると年の離れた双子の妹がいるらしく、「くるり」「まいる」とやはり揃って変わった名前の兄妹である。次に生れた子どもには「ゆき」とか「こう」とか付けるんだろうかと無駄に思案してしまう。
 僕は先輩を「臨也さん」と呼ぶ。「先輩」と呼んだら、そんな周りにごろごろいるようなのと一緒にしてほしくない、と言われたからだ。確かに「先輩」は沢山いるし、「臨也」と言う名前を僕は意先輩以外知らないが、彼が下の名前で呼ばれることが皆無ではないのを僕は知っていたので「でも下の名前となると先輩の同期生と被ると思いますよ」と進言したら、大変嫌そうな顔をして、君は本当に何もわかってないと憤慨された。
 先輩はその美貌と良く回る頭と舌を使い、幾人もの乙女たちの屍の山を日々着々と築いては僕の下宿に入り浸りあーだこーだと彼女たちの話をした。おかげで僕はすっかり女性不審になりかけている。
 「ところで、今度は一体何が原因ですか?」
 「原因?」
 先輩が下宿の古いドアを叩いたのは昼過ぎである。僕は丁度惰眠を貪れるだけ貪った後で、ぼんやりとテレビを見ていた。聞き間違えるはずのない声が僕の名前を呼んで、楽器でも鳴らすような軽やかなノックをする先輩を迎え入れると、彼は開口一番「デートしてたんだけど泣いて別れてるって喚くから来ちゃった」と笑って言った。
 先輩によると、経緯はこうだ。
 今日、先輩と彼女は「祝・お付き合い三週間記念」に池袋のカフェでささやかなお祝いをしていた。テーブルの上にはお互い同じ白いプレートに乗ったケーキがある。雑誌等で取り上げられる、おいしいと評判のケーキだった。ケーキを食べながらこの三週間の事を話した。すると彼女がいきなり怒り始めて、しまいには泣いてしまった。何を言っても嗚咽と罵倒ばかり返るので、諦めて来た、と。
 「お祝してたのですよね?」
 「うん。最長記録だし、おめでたい事だからお祝いすれば良いんじゃないですかって帝人君が言ったから」
 「それでどうして泣かせてしまったんです?」
 「どうしてだろうねえ?」
 ちゃぶ台に付いた方肘に顎を預けながら先輩は湯飲みのお茶をゆらゆらさせている。まるでなぞなぞでも出したような顔で僕を見て、くつくつ笑った。
 「泣いた子をそのまま置いて来たら駄目ですよ」
 「駄目かなあ?」
 「好いてくれてる子に酷いことしたら罰があたりますよ」と、僕は憮然として言った。
 すると先輩は急にその顔から笑みを消して、いつか見た写真のように文豪然として眉間にしわを寄せ、唇を歪めて吐き出すように呟いた。
 「帝人君にはわかんないよ」


 先輩と初めて会ったのは大学サークルの新人歓迎会である。新人歓迎会と言えば新人は会費を払わなくても飲み食いが出来る正に超短期間の限定イベントであり、僕にとってはこれから四年の貧乏生活を極めようとする己への最後の贅沢であった。
 入学当初、僕はありとあらゆる大学サークルの歓迎会に顔を出し、暴飲暴食の限りを尽くした。といっても、生来の地味さや胃の腑の最大積載量が幸いして、先輩に絡まれることもなく、泥酔して死屍累々となった座敷をこっそり抜け出して最初からいなかったようにするのは容易い事であった。
 その日も僕はとあるサークルの酒盛りに潜り込んでテーブルの端で焼き鳥なんかをもごもごやっていた。
座敷を見渡すと最初から酔っぱらったようなテンションの上級生たちがとうとう服を脱いで何やら奇妙な踊りを披露していた。思わず目を逸らした軌道上に、何故かコートを着たままの男がいて、目が合った。
作品名:From you 作家名:東山