永遠に失われしもの 第15章
シエルをゴンドラ状の船に横たえて、
セバスチャンは立ったまま、舵をゆっくり
動かしている。
何度かシエルを乗せ、船を漕いできた事を
今、彼は思い返していた。
それは単なる川遊びであったり、
視察のときもあれば、
死の島への旅出や帰還のこともあった。
魂を取ろうとした最後のときに
乗ったものであるせいか、
ほかのどの移動手段よりも、船は、
セバスチャンに、得られなかったものの
大きさと喪失感を与える。
きっとこの先も、二人で船に乗るたびに、
自分は同じ事を想うに違いなかった。
今こうして、ほんの少し、
寄り道をしてるに過ぎない、
この時ですら−−
高い崖に囲まれた島に近づいていく。
海の波の浸食によってできた、
洞窟の入口はとても小さくて、
そこに入るためには、
セバスチャンは、シエルの靴に、
ほとんど顔がつくぐらいにまで、
身を屈まねばならなかった。
外の陽光と海面との反射で、洞窟の中は、
見事なまでのコバルトブルーに埋もれて、
その海面は、さながら巨大なサファイヤ
かブルーダイヤのようである。
「昔、ぼっちゃんのしていらした、
指輪のようではありませんか?」
セバスチャンは、ゆっくりと船を止める。
「きっと今、眼をあけられたら、
同じ色なのでしょうね−−」
瞼を閉じて昏睡している状態でさえ、
あどけなさの中に誇り高さを感じさせる、
そんなシエルの顔に近づいて、
ゆっくりと手袋を脱ぎ捨て、
柔らかく滑らかなその頬を撫でる。
「うるさい方達が居られると、ぼっちゃんの
朝食の用意ができませんから−−
こちらにお連れいたしました」
セバスチャンは、シエルの小さな唇の
輪郭を黒い爪でなぞり、厳かに伏せられた
長い睫毛を見つめながら、舌を噛んで、
そっと唇を重ねた。
シエルの舌は墓標のように冷たく、
口中に沈んでいる。
セバスチャンは、それを丹念に、
舐めあげ、潤していく。
「ここでぼっちゃんを目覚めさせるのは
簡単なのですが−−」
「私はそうはしませんよ」
−−わが主が傷つけられた屈辱の日々と
同じことを、もし私がするなら、
必ずその魂は、すぐ身体に戻ることだろう
しもべに劣情のまま犯されたとあっては、
わが主の魂は、怒りと憎悪と復讐に
燃え滾って、その思いは我が身を、
引き千切らんばかりになるだろうから。
その結末が見たくないわけではないが、
それはあまりに容易すぎる−−
「ご命令のない限りは。
私は貴方に使える身ですので」
−−そう、命令のできぬこの状況では、
必然的に、わが主は最悪の選択、
最も険しい茨の道を進まなくては
ならないのだ、どこまでも。
「私にもし優しさがあれば、
きっと今ここで貴方を抱いたのでしょうね」
セバスチャンは立ったまま、舵をゆっくり
動かしている。
何度かシエルを乗せ、船を漕いできた事を
今、彼は思い返していた。
それは単なる川遊びであったり、
視察のときもあれば、
死の島への旅出や帰還のこともあった。
魂を取ろうとした最後のときに
乗ったものであるせいか、
ほかのどの移動手段よりも、船は、
セバスチャンに、得られなかったものの
大きさと喪失感を与える。
きっとこの先も、二人で船に乗るたびに、
自分は同じ事を想うに違いなかった。
今こうして、ほんの少し、
寄り道をしてるに過ぎない、
この時ですら−−
高い崖に囲まれた島に近づいていく。
海の波の浸食によってできた、
洞窟の入口はとても小さくて、
そこに入るためには、
セバスチャンは、シエルの靴に、
ほとんど顔がつくぐらいにまで、
身を屈まねばならなかった。
外の陽光と海面との反射で、洞窟の中は、
見事なまでのコバルトブルーに埋もれて、
その海面は、さながら巨大なサファイヤ
かブルーダイヤのようである。
「昔、ぼっちゃんのしていらした、
指輪のようではありませんか?」
セバスチャンは、ゆっくりと船を止める。
「きっと今、眼をあけられたら、
同じ色なのでしょうね−−」
瞼を閉じて昏睡している状態でさえ、
あどけなさの中に誇り高さを感じさせる、
そんなシエルの顔に近づいて、
ゆっくりと手袋を脱ぎ捨て、
柔らかく滑らかなその頬を撫でる。
「うるさい方達が居られると、ぼっちゃんの
朝食の用意ができませんから−−
こちらにお連れいたしました」
セバスチャンは、シエルの小さな唇の
輪郭を黒い爪でなぞり、厳かに伏せられた
長い睫毛を見つめながら、舌を噛んで、
そっと唇を重ねた。
シエルの舌は墓標のように冷たく、
口中に沈んでいる。
セバスチャンは、それを丹念に、
舐めあげ、潤していく。
「ここでぼっちゃんを目覚めさせるのは
簡単なのですが−−」
「私はそうはしませんよ」
−−わが主が傷つけられた屈辱の日々と
同じことを、もし私がするなら、
必ずその魂は、すぐ身体に戻ることだろう
しもべに劣情のまま犯されたとあっては、
わが主の魂は、怒りと憎悪と復讐に
燃え滾って、その思いは我が身を、
引き千切らんばかりになるだろうから。
その結末が見たくないわけではないが、
それはあまりに容易すぎる−−
「ご命令のない限りは。
私は貴方に使える身ですので」
−−そう、命令のできぬこの状況では、
必然的に、わが主は最悪の選択、
最も険しい茨の道を進まなくては
ならないのだ、どこまでも。
「私にもし優しさがあれば、
きっと今ここで貴方を抱いたのでしょうね」
作品名:永遠に失われしもの 第15章 作家名:くろ