永遠に失われしもの 第15章
暗闇から黒い鱗がぬめっと光り、
禍々しい爬虫類の、
赤銅色の瞳が見据えている。
「お前の夢を見せたときの、
お前の主人の反応ときたら・・
その嫌悪ぶり、
もうあれほど旨いものは、
なかなか見つけられない・・
しかもその量ときたら、最後には私から
はみ出してしまったほどさ」
セバスチャンは形のよい唇の端を噛んで、
常には涼かな紅茶色の切れ長な眼を細め、
睨んでいる。
「素晴らしく良い趣味ですね、
ぼっちゃんの中で、
私をそこまで貶めて頂いて
もう既に、鍵の守り手の本分を越える、
お働きをされてるのでは?
ぼっちゃんは関係ありませんよ」
「悪魔の夢がこんなにも、
甘美なものだとはねぇ・・・
あのぼうや自身の夢はさぞかし旨いだろう
お前に嬲られても、お前を嬲っても・・」
地の底からでるような低い声は、
官能にひたったようにつぶやく。
「私を陥落させられずに、
まがい物のマネキンのように象った、
私を複製せざる負えなかった貴方が、
ぼっちゃんなど、落とせませんよ。
私より頑固ですから、あの方は。
いくら私を再度模倣してぼっちゃんに
何されようが、無駄というもの。
私たちには契約がありますからね。
契約印こそが私達を結び付けている。
それがゆえに、印の無い、
偽者では歓喜も与えられませんよ」
「ふふふ、でもあのぼうやはお前の泣き所。
ちょっと、あのぼうやの夢を操れば、
お前の陥落などわけもないこと。
複製など作らずとも、お前自身を使って
その後ゆっくりと、
ぼうやを弄び、嬲り、貪り、
お前を犯し、貪ればよいのだから・・
そうして両者とも、我等の中で、
一つになって、
永遠に結ばれ続けるがいい・・」
「貴方の慰み者としてですか?
反吐がでますね。
そのまえに存在ごと葬りさってあげますよ
最大級の苦痛と共に」
ウィルが腕時計を見つめて、無感情に
言う。
「時間です」
そして彼は、
暗闇に向かってデスサイズを突き通した。
暗闇は高らかな笑いと共に、一気に霧散し
あとには胸をつかみながら地につっぷす、
苦悶の末、絶した、慎ましやかな服装の、
中年女性の姿ばかりが残されていた。
「シモーヌ・カサーレ。
午後四時四十四分死亡。原因心臓麻痺」
ウィルは表情も変えずに、
女の胸をデスサイズで切り開く。
途端に、彼女のシネマティックレコードが
噴き出し始める。
幼少期から最後の晩年までのほとんどが
白くなっている。
辛うじて、うっすらと
セバスチャンと同じ顔をした少年が、
椅子に座っているのが見えた。
セバスチャンは憂鬱げに、綺麗な顔立ちに
翳を落としながら、呟いた。
「死神のこの覗き趣味を、
今日ほど嫌に思ったことはありませんが、
あの夢喰らいの悪魔が、ほとんど、
彼女の魂を喰らい尽くしてくれていて、
今日ほど感謝することもないでしょうね。
貴方に、彼女が見たと信じているものを、
見られる位なら、死んだ方がマシです」
「フンッ。ほとんど魂が食い尽くされていて
私が不機嫌なのは、分かっていますよね?
・・で、結局この少年は一体誰なんです?」
「それは、私であって、私でないもの」
セバスチャンは、夕暮れの迫る田園風景に
目を馳せながら、誰にいうともなく、
言葉を発する。
「貴方の言い方はいつも勿体ぶっていて、
好きになれませんね」
それでもそれ以上ウィルは聞かずに、
ただほとんどが白い彼女のフィルムの、
一コマ一コマを黙って見続けていた。
最後に辛うじて見える一フレームは、
シモーヌ・カサ−レという名前であった
女性が大きな紙包みをもって、ローマ署の
受付に渡しているところだった。
作品名:永遠に失われしもの 第15章 作家名:くろ