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消しゴムの境界線

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好きか嫌いかを問われれば、そのどちらでもない。だからと言って、どうでもいい存在だとは認識していない。ふさわしい形容は「苦手」か「気に食わない」が妥当であろう。
半田の鬼道に対する感情というものはそれであった。

帝国のサッカーが影山によって画策されたことを知っても、鬼道が雷門中サッカー部のメンバーとして迎え入れられても、半田はそれをすんなりと受け入れられるほど素直な性格ではなかった。



自分が運に恵まれた星のもとに生まれたと思ったことは一度もない。松野からは「日陰で咲いちゃったタンポポみたいだよね」と、よくわからない例えをされたこともあったが、今では言い得て妙だとも思っている。
鬼道が雷門中に編入すると、よりにもよって半田のクラスに配置された。しかも担任は余計な気を使って「同じサッカー部として彼のフォローを頼むよ」と、席まで隣同士にされた。
やり場のない思いをたくさん肩に乗せて、毎朝始業より少し前に半田は教室に入る。半田の隣の席には既に鬼道が座って静かに本を読んでいる。
教室の扉の前で誰にもわからないくらいの深呼吸を一度して、半田はやや足早に席へ向かう。わざと大きな音をたてて鞄を机に置くと、隣の鬼道は本から目を離そうともせずに「おはよう」と小さく声をかけてきた。
「……おはよう」
そこで会話はなくなり、鬼道は本を読んだまま、半田は眉間に皺を寄せた顔のまま黒板を睨みながら朝のホームルームが始まるまでの時間を静かに過ごした。
一度だけ、ちらりと横目で鬼道が読んでいる本の表紙をのぞいてみた。角度が悪くタイトルは読めなかったが、サッカーボールの写真が見えたのでサッカー関連の本なのだろう。
「なんの本を読んでいるんだ?」
そう一言でも声をかければいいのだろう。そうすればきっと彼は言葉少なくともなにか返事をしてくれる。よくあるクラスメイトの自然な風景である。
しかし半田はそうしなかった。理由は簡潔で、鬼道と余計な会話をしたくなかったからである。
影山に操られていたこととは言え、自分はまだ鬼道が許せないのだろうかと半田は自分に問うた。否、怒ってなどはいない。ただ、信じられないのだ。
鬼道が雷門中サッカー部の一員となった当初は、半田のみならず皆当然のように戸惑った。しかし、彼のサッカーの技術は言葉を越えて皆に響き、皆いつしか彼のサッカーに魅せられ、彼を信じ、受け入れるようになった。半田以外は。

(俺が、頑固なだけなんだろうか)

半田自身、鬼道のサッカーに対する情熱とその技は十二分に理解できていた。ただ、それが人間性と一致するかと言われれば話は別だとも考えていた。

(純粋にこいつとはそりが合わないだけなのかもしれないな)

ゴーグルで隠されて判別できない表情を横目で眺めていたら始業のチャイムが鳴った。



編入して間もないため、鬼道はほとんどの教科書を揃えていなかった。離してある机を繋げて、中央に半田の教科書を置くのがここ数日の授業スタイルであった。
授業をともにしてわかったことだが、鬼道は頭が良かった。教科書もドリルも満足になく、予習復習も不便であろうに、教師に問題をあてられても淀みなく回答する。僻みでしかないのはわかっていたが、それが半田には余計に癪だった。
鬼道の日本人中学生とは思えないほどの流暢な英語を右から左に聞き流し、半田は窓の外のグラウンドを眺めた。いまはどこのクラスも体育の授業をしていないらしく、空っぽのグラウンドがやけに広く見えた。

こんな卑屈な考えも窮屈な思いもなにもかも捨て去って、あのピッチをひとりボールを追いかけて、なにも考えずただひたすらに走れたらどんなに気持ちよいだろう。そんなことを考えていたら、突然教師に名前を呼ばれて現実に引き戻された。

「半田。おい、半田」
「は、はい!」
教師は実に嫌みたっぷりの目でこちらを見ていた。
「いまの英文を和訳しなさい」
心中で思い切り舌打ちをする。いまの英文もなにも、聞いていなかったので皆目見当がつかなかった。答えを探そうと机上の教科書を見れば、ある箇所を誰かの指先が示していた。他の誰でもない、鬼道の指である。
時間稼ぎをするように、ゆっくりと教科書を持って立ち上がる。問題の英文はわかった。しかし、肝心の意味が皆目わからない。目の前の英文が波となって頭の中を渦巻く。溺れそうになるのを必死でなにかにつかまろうと手を伸ばす。
そこへ、本当にちいさく、かすかに声がした。鬼道の声だった。それは同じ文章を二度、三度と繰り返された。
間抜けにも、彼が答えを教えてくれているのだと気づくのにたっぷり数秒がかかった。飲み込まれそうになる渦へと、縄が投げられる。自分はそれに手を伸ばそうとして――手を引っ込めた。

「……すみません、わかりません」

教師は露骨に嘆息し、授業に集中するようにと注意して授業を再開した。
半田は静かに席に座って、一度だけ鬼道を見たが、彼はこちらを見ずに真っ直ぐに黒板に向かっていた。その表情はゴーグルに隠れていてやはりわからなかった。
礼を言うべきなのだろうかと、半田は考えて、やはりやめた。つまらない意地でしかないと誰かに笑われるだろうが、これは自分なりの矜持だった。

作品名:消しゴムの境界線 作家名:マチ子