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消しゴムの境界線

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そんな授業風景が流れたある日、一時間目の授業が始まる前に珍しく鬼道が話しかけてきた。隣同士の席とはいえ、会話らしい会話は朝の挨拶だっただけに半田は一瞬戸惑った。

「消しゴムを忘れたみたいなんだ。すまないが、一時間目の間だけ貸してくれないだろうか? 後で購買に買いに行くから」

たったそれだけのことなのに、鬼道は非常に申し訳なさそうに申し出てきた。それが彼の性分なのだろうとも考えたが、ここ数日の自分たちの交流のなさからかもしれないとも半田は考えた。
半田は自分の筆箱を開けたが、余分な消しゴムは案の定なかった。すこしだけ考えて、物差しで自分の消しゴムを半分に切り取った。それを黙って鬼道の机の上に置く。
鬼道はなにも言わなかった。黙って切り離された消しゴムを見ている。戸惑っているのか、感謝しているのか、やはりその表情はわからなかった。



次の日、朝教室を訪れたらいつものように鬼道は先に席に座って本を読んでいた。いつもと違うのは、自分の机の上に真新しい消しゴムがあることだった。
「なにこれ」
初めて、朝の挨拶以外の会話が生まれた。鬼道は読んでいた本を置いて、こちらに向き直った。
「昨日、消しゴムをもらっただろう。その礼だ」
「そんなの別に大したことじゃないから、別にいいよ」
半田は新品の消しゴムを取り上げて、鬼道の机に置いた。しかし、鬼道はそれを取り上げてまたこちらに寄越してきた。
「いいって」
渡された消しゴムを押し返すと、鬼道も負けじと押し返してくるので、また押し返す。その繰り返し。黙って受け取ればいいのだろうが、半田自身最早なにが意地になっているのかよくわからなかった。

「悪いから、受けとってくれ」
「いいって言ってるだろ!」

自分の声の大きさに、自分でも驚いた。教室にいた他数人のクラスメイトが何事かとこちらを遠巻きに見ている。
息が荒くなって、体がやけに熱かった。ひどく恥ずかしく、惨めに思えて呼吸の仕方を忘れそうだった。先の台詞もふくめてなにもかも消しゴムでゴシゴシとかき消したい衝動に駆られる。
ゴーグルで隠れていない鬼道の口元は固く噛みしめられていて、初めて鬼道の表情を見た気がし、思わず「ざまあみろ」と思った。そこで始業のチャイムが鳴り、教師が入ってくると教室は何事もなかったように静かになった。



その日、鬼道の足りなかった教科書はすべてそろって机を並べることはなかった。更に放課後のホームルームで席替えが行われ、鬼道とは席が離れることになった。
「教科書のこととか世話になったな。これはその礼としてやっぱり受け取ってくれないか」
移動の際、鬼道が朝の消しゴムを半田の机に置くと、半田の返事は聞かず、荷物を持って席を移動していった。半田はしばらくその消しゴムを眺め、黙ってポケットに押し込んだ。



隣同士の席の時から会話も少なかった二人は、席が離れるとクラスではほとんど話さなくなった。
結局消しゴムは使うことなく、封がされたまま半田の筆箱に入ったままだった。



それから同じチームの一員として過ごすうちに、半田のなかでの鬼道の評価は「悪いやつじゃない」までに格上げされた。いまだ苦手で、気に食わないこともあることに変わりはないが、自分たちはこのくらいの距離でもいいのだろうと思えるようになった。自分が彼にした仕打ちからの彼の自分への評価は、そのゴーグルで隠れた表情からは計り知れなかったが、そんなことはきっと些細なものなのだろうと、筆箱を開けてあの消しゴムを見るたびに半田は思った。
作品名:消しゴムの境界線 作家名:マチ子