缶ジュース、君と一缶
始めは小さな溜息。
変わってはいないはずなのにどんどんと重くなっていく周りの空気。
何が悪いのかもわからずに、何が原因かもわからずに。
“だって、それは閉じ込めているならわかるはずもないのに……”
「ねぇ? 聞いてるの」
いきなり声が聞こえ、彼女は我に返る。
いつの間にか公園のベンチに座っていた。来てからどれくらいの時間が経ったのかわからない。
「え? えぇ、……き、いてましたわ」
「……嘘つき」
必死に手を横に振る彼女を見て、目の前の少女は口元を尖らせた。
そんな少女を見て彼女は冷や汗を流し、観念したようで、手を挙げる。
「…………ごめんなさいラージュ、聞いてませんでしたわ」
「最初からそう言えばいいのにー」
腰に手を当ててむう、とラージュは唸る。
そうしてからふと気づいたようで、腰に当てた手を下した。
「ねぇ、スライ。スライはりるぅらずに来る前、の思い出とかって……ある?」
「え……?」
いきなりこの子は何を言いだすのでしょう。
スライは思った。
彼女の生い立ちについては、触れてはならない領域であって、りるぅらず暗黙のルールであった。
それはリーダーであるラージュがよく知っていて、それで納得していた、はずだったのに。
あまりに突然すぎるルール崩壊に、思わずスライは静止の言葉を入れ……ようとしてやめた。
ラージュはスライが一国の姫だということを知っている――勿論、それはりるぅらずの重要隊員ならほとんどが知っていることなのだが、ラージュはそれ以上に、スライがただの姫で無く、逃亡の身であることを理解していた。
ただのかくれんぼではなく、少しでも公の場に出てしまえば、命を狙われるほど重要、そういうものだと――。
けれどそれを知っていながら、尚聞こうとするラージュの目は、別に悪いものを考えているような目ではなく、純粋に優しい微笑みを浮かべていた。
だから、スライは少し考えた。自分の記憶を辿った。
何しろ、逃亡前の細かいことなんて覚えていないのだ。自分から閉じ込めていたから。
不本意ではあるが、恩人であるラージュに悪い気持ちもしてほしくなかったし、今なら開ける気がしたから……。
ラージュは目の前から隣のベンチに移動し、何も言わずに、空を見上げた。
必死に何かを思い出そうとしていると、辛い辛い記憶の殻を潜った途端に、たんぽぽのような色の暖かい光が心の中に現れた気がした。
そしてその光は全身に廻って――……。
作品名:缶ジュース、君と一缶 作家名:イコル