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優しさに包まれる

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【優しさに包まれる】


ゆらりゆらりと、まるで波間をたゆたうような不思議な浮遊感。
ささくれ立った気持ちを優しく労り、安らいだ気分にさせるこの雰囲気。
ああ、この感覚はアムロさんの意識に触れた時と同じだ。

そう気づいた瞬間、カミーユの目がパチリと開いた。

「・・・寝てたのか」

テーブルに突っ伏す格好でうたた寝をしていたカミーユの目の前には、
ペンを握りしめた手と真っ白な紙があった。

「くそっ!!やってられるか、反省文なんか!」

ペンをテーブルに叩き付け、腕をグイッと伸ばして、イスの背もたれに寄りかかる様に背伸びをする。
すると、パサリと何かが落ちた。
振り返ると青い上着が背もたれに掛かっていた。
寝ていたカミーユの背中に掛かっていたものらしく、伸びをした際にそれが背もたれに落ちてしまったのだろう。

「一体、誰が?」

誰に問いかける訳でもなく、つい口に出た言葉の答えを探す様にその上着を手に取る。
ふわりと鼻に届いた匂いに、カミーユはこの上着が誰のモノか確信した。

「・・・アムロさん・・・」

上着に顔を埋めながら抱きしめると、ほんのりと頬を染め、口元を綻ばせていた。
まるでそこにアムロが居て、自分が抱き付いている気分になる。
アムロさんはやっぱり優しいな、誰かさんとは大違いだ。
などと、心の中で悪態をつきながらカミーユは想像した。
アムロに抱きつく自分の頭を優しく撫でてくれるアムロの姿と、
それを羨ましそうな顔で指を咥えて見ているクワトロの姿。
自分に都合のよい妄想は、少しだけ嫌な気分を楽にしてくれた。


それはほんの少し前の事だった。

前の戦闘で敵の陽動にまんまと引っ掛かったカミーユは、Zの片足をもぎ取られ、
危機一髪の所をアムロが助けだし、辛くも機体の大破は免れた。
その後のミーティングで、クワトロに自身の過信が原因だと指摘され、カミーユは反論するも誰が見てもクワトロの意見に反対する要因は無かった。
反省文の提出だけで済んだのは、これまたアムロの弁明によるものだった。
カミーユは不貞腐れながらミーティングルームに独りで残り、渡された紙を睨みつけていた。
書きたくもない自分の弱さから目を逸らし、クワトロへの恨み辛みをブツブツと口にしながらテーブルに頭を預けていたら、戦闘疲れからいつのまにか眠ってしまっていた。
そこへ様子を見に来たアムロが、上着を脱いでカミーユの背に掛けて行ったのだ。


カミーユは上着から顔を上げ、ソレをじっと見つめてから「よしっ」と大きく頷いた。
青い上着をもう一度肩に羽織ると、まるでアムロがすぐ傍にいてくれるようで、
気分はかなり上昇気味になってきた。
放り投げたペンを取り、大きく深呼吸すると、紙の上をペンがスラスラと滑っていった。



 * * *



その頃、MSデッキで機体整備をしていたアムロの元へ、クワトロが訪ねてきた。

「まだ終わらないのかね?」
「もう終ったよ」

アムロはスイッチを切りながら答えると、コックピット入口から覗き込んでいるクワトロの横をすり抜けて出て行こうとした。
だが、即座にアムロの腕を掴んだクワトロと一緒に、ゆっくりと下に降りて行く。

「アムロ。君はまだ怒っているのか?」
「別に怒ってなどいない」
「だが、明らかに私に対する態度が違うではないか。
先程のカミーユの件というのなら私は間違ってなどいないぞ」
「・・・」
「相手の挑発に直ぐに乗ってしまうカミーユの悪い癖を今のうちに直しておかなければ、
彼の為にもならない。それに、激化する今後の戦闘にも支障をきたす事になる」
「・・・」
「まぁ、軍属でもない彼に反省文を書かせるのは少々行き過ぎているかもしれないが、
自分の行動を客観的に判断する事も必要なのだ。だから私は・・・」
「はぁ・・・」

アムロはクワトロを見つめたまま話を聞いていたが、つい大げさな溜め息をついた。
その時丁度、床に着いたのでクワトロに向き直ると頭をボリボリと掻いた。

「あのなぁ、俺は別にカミーユの反省文書きについてとやかく言ってないだろう?
貴方が心配している点に関しては俺も同意見なんだから」
「では何故、君はいつまでも怒っている?」
「だから、怒ってないって。・・・まぁ、しいて言えば呆れてるかな?」
「呆れてる?」

苦笑いを浮かべていたアムロが少し意地悪い表情を見せたので、クワトロは言葉尻りを取ってそのまま聞き直した。

「気づいてないだろうけど、貴方だって結構、子供達を助けているんだぜ。
なのに俺が助けに入ると必ず文句を言うよな?」
「私は年長者として彼等が無理をしないように気を配っているのだ。
君の様に無茶な行動での助けはしていない」
「ほらみろ、貴方も助けているじゃないか。そりゃあ俺だって多少の無理はするけど、
そんなに簡単に落とされやしないぞ」
「落ちてからでは遅すぎる!!」

突然、声を荒げたクワトロにアムロは驚いてしまった。
二人の近くにいた整備士達が何事かと視線を寄越してきたので、クワトロはアムロの腕を取ってその場から離れた。
MSデッキの出入口脇にある備品倉庫の陰にアムロを押し込むと、沈痛な面持ちのクワトロは小さな声で話し始めた。

「君が無茶をする度に私の心臓は止まりそうになるだ。カミーユ達が心配なのは分かっている、だからといって毎度助けに向かっていけば、隙を作る事になりかねん。もしもがあってからでは遅すぎるのだ」
「なぁ、貴方の中の俺の評価はそんなに悪いのか?」
「そうでは無い。君自身の事を考えて、もう少し慎重になって動いて欲しいのだ」
「・・・・赤い彗星のシャア?」

少し考え込んだ素振りのアムロが顔を上げ、クワトロの顔をまっすぐに見つめながら
彼の二つ名を呼んだ。

「俺はあんたのライバルだよな?」
「もちろんだ。君以外に私のライバルなどと、肩を並べる者は何所にも居はしない」
「だったらさ、もうちょっとだけそのライバルの力を信じてみろよ」

クワトロの胸に軽く拳を当て、ニッコリと笑うアムロ。
屈託のない笑顔を向けられ、クワトロは思わず息を飲んだ。

「子供達にも成長してもらわないと困るから、あまり手は出していないつもりだよ。
今回はまぁ、たまたまだってことにしとけ」
「しかしだな」
「もぅ、ごちゃごちゃと煩いんだよ。
そんなに心配ばかりしてると、ブライトの様に胃痛持ちになるぞ」

クワトロの脳裏には胃薬が手放せなくなったブライト艦長の姿が浮かびあがる。
笑い事ではないが、そんな未来を想像出来なくもない自分を忘れようと首を振った。

「あはははっ、大丈夫だよ。そんなヤワな神経の持ち主じゃないだろ、貴方は」
「アムロ〜」

背中を叩きながら笑い飛ばされた挙句、意外と失礼な事をさらりと告げるアムロを睨み付けると、アムロは楽しい悪戯を見つけた子供の様にニヤリと笑った。

「じゃあ、俺は今度から後方支援を担当しようか?」
「それは困る。君の戦力を欠いては、隊編成が成り立たん」
「だろう?だったら少しくらい目を瞑ってろよ。大体貴方は・・・はぁっ・・はあっくしょん!!」
作品名:優しさに包まれる 作家名:でびーな