優しさに包まれる
陽気に話していたアムロが突然くしゃみをした。
アムロの態度ばかりを気にしていたクワトロは、彼が上着も着ずにアンダーシャツ一枚でいた事に今更気付いた。
「アムロ、上着はどうした?」
「ん?ああ、ちょっとな」
「ちょっとでは無い!いつまでもそんな格好をしていたら風邪を引くに決まっているだろう」
クワトロは自分の上着に手を掛けて脱ぐと、それをアムロに差し出す。
「部屋に戻るまでコレを着ていけ」
「いいよ。そんな事したら貴方が風邪を引くじゃないか」
「私は鍛えているから平気だ。いいから大人しく着たまえ」
「着ろって言っても、貴方のは袖が無いじゃないか。そんなんじゃ今と変んないよ」
「君こそ屁理屈を言わずに着ろ!背中が隠れるだけでも違いはある」
押し問答の末、クワトロが押し切ってアムロに自分の上着を着せた。
着せられたアムロは、体格の差がハッキリと分かるぶかぶかの赤い上着を恨めしそうに見ていると、襟元からクワトロが付けているコロンの香りがして、しかめっ面をした。
「コレ嫌だな。貴方が後ろから抱き付いてるみたいだ」
「ほほぅ?ならば実践してみようか?」
不穏な雰囲気を漂わせるクワトロがアムロの肩に手を置いた。
するとそこへアムロの名を呼びながらカミーユがやって来た。
「アムロさぁ〜ん。コレ、ありがとうございました。とても暖かったです」
「やぁ、カミーユ。反省文は書き終えたのかい?」
「ハイ!! さっき、ブライト艦長に提出してきました。
この上着のお陰で反省点がちゃんと分かったんです。すごく助かりました」
「そんな、大げさだよ」
「いいえ、本当ですよ。アムロさんがすぐ傍に居てくれてる気分になって、とても嬉しかったです。それで、」
「あー、オホン」
ニコニコとご機嫌なカミーユは、アムロとまだ話しを続けようとしていたが、
咳払いをしたクワトロにチラリと視線を寄越した。
「ああ、クワトロ大尉も居たんですね」
「私とアムロが話していた所に、君が割り込んできたのだかね」
二人の間に見えない火花が飛び散っている。その背後に、暗雲が見えてきたようだ。
「この人の事は気にしないでいいよ、話なんかとっくに終ってるから。
それで?何か言いかけてたようだけど」
クワトロとカミーユの睨み合いにまったく気づいていないアムロは、カミーユが先程言い掛けた事の方がに気なっていた。
カミーユは慌ててアムロの方に向き直ると、真剣な面持ちで話しかける。
「そうだった。あのアムロさんはこの後、何か予定がありますか?」
「いや、特にないけど」
「もし時間が開いていたら俺に付き合って貰えませんか?」
「別にかまわないよ。何をするんだ?」
「おい!アムロ」
アムロとカミーユの間に割って入ろうとするクワトロよりも一足早く、カミーユがアムロの手を握った。
「今回の件を教訓にシミュレーションデータを作ろうと思っているんです。
それで、できればアムロさんに意見を貰えたら嬉しいなって」
「そう言う事なら大歓迎だよ。喜んで手伝わせて貰うよ」
「ありがとうございます!!」
そう言ってアムロに抱きついたカミーユ。
アムロは微笑みながらカミーユの頭を撫でてくれた。
もちろんクワトロにとっては面白くない状況だ。
無理矢理にでも引き剥がそうと手を伸ばしたら、アムロがクワトロを呼んだ。
「クワトロ大尉、俺の上着が戻って来たからコレは返すよ」
赤い上着をスルリと脱ぎ、クワトロに手渡すと、カミーユの腕を自分の腰から外させて、
彼が持っていた青い上着を受け取り、袖に手を通した。
「カミーユ、アストナージに報告を済ませたら手伝いに行くよ。何所に行けばいい?」
「第2データ室を借りました。そちらに来てください」
「了解。じゃあまた後でな。クワトロ大尉もブリッジに早く行けよ。
反省文の提出を決めた張本人なんだから、ちゃんと確認してやれよ」
そう言い置いたアムロは、アストナージの元に向かって歩いて行った。
その場に残された二人の表情は、ハッキリと明暗が分かれていた。
「クワトロ大尉は来なくていいですからね。俺とアムロさんで作りますから」
「よくも姑息な手段を思いつくものだな、カミーユ」
「おや〜?あなたが書けと言った反省文のお陰ですよ。
データ作成はブライト艦長の了承を得てますからね」
「用意周到だな」
「お褒めにあずかり、光栄です」
完全にカミーユの方が一枚上手だった。
苦虫をつぶした様な表情を浮かべるクワトロに、カミーユは追撃のチャンスを見逃さなかった。
「アムロさんの上着を着てたら、色んな案が思い浮かぶんです。
さっきみたいに抱きしめて貰えば、もっといい事が起きるかもしれないですよね」
「ふん、君の体格ならアムロを抱く事は無理だからな。
精々頭を撫でて貰うのが精一杯だろう」
「ああ。そうですよね〜、あなたの方が大き過ぎるから、アムロさんの上着を着るなんて事、絶対に出来ませんからね」
「アムロは私の腕の中に収まっているのが一番安らげるのだよ」
「そうやって、何時までも余裕ぶっこいててください。
アムロさんの隣は、俺があなたから奪ってあげますよ」
傍から見ればにこやかに話をしている二人に見えるが、その目はまったく笑っていない。
冷ややかな空気が流れ、背後に暗雲が立ち込めそうになると、カミーユが先に動いた。
「あなたは早くブリッジに行ったらどうです?俺の書いた反省文をしっかりと確認してきてください。俺は準備に忙しいので、これで失礼します」
「君に言われるまでも無く、そうするつもりだ。
どんな駄文が書かれているのか、見ものだな」
二人揃ってMSデッキを出て行くと、廊下でフン!と、背中合わせに向きを変え、
反対の方角に歩き去っていった。
終 2011/06/15