さくべーですよ!
酔っぱらいりん子
本日二度目の召喚である。
魔法陣からペンギンのような姿になってあらわれたベルゼブブ優一は、おや、と思った。
そこは芥辺探偵事務所ではなかった。
仕事場という雰囲気ではなく、私室という感じの部屋である。
それも女性の部屋のような気がする。
「お待ちしてました、ベルゼブブさん」
佐隈りん子の声。
現在のベルゼブブの契約者である。
その手にはベルゼブブのグリモアがある。喚んだのは間違いなく彼女だ。
「さくまさん、なんの用ですか」
ベルゼブブは床に書かれた小さな魔法陣から佐隈のほうに近づいていき。
「クサッ」
立ち止まり、声をあげた。
「酒クサイですよ、さくまさん!」
顔を思いっきりしかめて文句を言った。
佐隈の周囲を見てみると、テーブルの上にはビールの缶がいくつもある。
あの缶の中はすべて空に違いない。
ここは佐隈の部屋であるようだ。
佐隈はルームウェアらしいラフな格好をしている。
どうやら、ひとりで酒盛りをしていたらしい。
「くさいなんて、ベルゼブブさんには言われたくないです〜」
佐隈はへらへら笑いながら、グリモアをビール缶の並んでいるテーブルに置いた。
すっかり酔っぱらっている様子だ。
その言動にカチンときた。
「私の高尚な趣味について言っているのなら、私は最近、あれには手を出していません。だれかさんがうるさいですからね」
近寄るなと言われたり、消臭剤を遠慮のカケラもなく吹きかけられたり、一度は制裁を受けて木っ端微塵にされた。
それに、カレーのおいしさに目覚めたせいもある。
普通のカレーだけではなく、カレーまんやカレーパンも好きで、買ってもらったものを魔界に持って帰ることもあるぐらいだ。
もっとも、一番おいしいと思うのは、有名な店のカレーではない。
佐隈の作るカレーだ。
しかし、そのことを、今、言うつもりはない。
「そうなんですか〜」
佐隈は笑った。
ニヤリと。
「それは好都合です」
メガネの向こうの眼が、一瞬、きらめいた。
ベルゼブブはうっすらと寒気を感じる。
「なにがですか」
「ベルゼブブさんを喚んだのは、事務所に依頼があったからではなく、個人的にお願いしたいことがあるからです」
酔っぱらっているせいだろう、佐隈はいつもよりも強い態度だ。
魔界の貴族にして、獄立大卒のエリートである、このベルゼブブが、人間の小娘の迫力に押されるわけにはいかない。
と思うのだが。
なんだか、非常に嫌な予感がするのだ。
「ベルゼブブさん」
佐隈は言う。
「これは以前から、ずっと、思っていたことなんですが」
不穏な空気が佐隈から漂ってきている。
「ベルゼブブさんの身体って、もふもふとしていて、抱き心地が良さそうですよね」
ベルゼブブの中の危険察知警報機が激しく鳴り始めた。
魔界に帰りたくなってきた。
一方、佐隈は続ける。
「だから、思う存分、その身体をさわらせてください」
「なんですとー!?」
ベルゼブブは驚愕する。
このプリチーボディが、ずっとまえから佐隈に狙われていたとは……!