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唇に幸福

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 心底嫌そうな声を狙って出したにも関わらず、虎徹は大した反応を返さなかった。普段うるさいくらいに反論してくることを思えば調子も狂う。割合に酷いことを言われているのにと、自分で言っておきながら、そんなことを思う。それでも、虎徹がいつでも単純明快に分かりやすい反応を返す訳でないことは、ここ最近、何となくではあるが分かってきていた。いつもはあんなに、情だけで見境なく考えなしに動いているようでも、実際にはそうではなくて、バーナビーより幾分も長く生きてきた者らしい落ち着きも余裕も、虎徹は確かに持っていた。
 「バニーちゃんはほんと、素直じゃねえなあ」くく、と喉の奥で笑われて、一瞬頭の中が熱でいっぱいになった。いい加減言われ慣れた台詞ではあるが、こちらが見たくないと言ったタイミングで切り返してくるのは狡い。それでも、やられっぱなしでいるのはバーナビーの意思にもプライドにも反した。「離して下さい」腹に力を込め、少し前は上手く言えなかった言葉をもう一度零す。
 ソファの背もたれから指を離し、代わりに虎徹の肩へ手を掛けると、そのまま体重を後ろへ持っていった。元々座っていた辺りまで体を後退させる。何が楽しいのか、バーナビーのそんな様子を、虎徹は口元を緩めて見つめていた。何なのだと眉をひそめて睨みつけても、更に目を細めるだけだ。
 ――この人といるといつもこうだ、とバーナビーは思う。自分はいつでも冷静で、落ち着いていたいのに、虎徹はそれを許してくれない。バーナビーとはまるきり違う性格や生き方で、バーナビーがかくありたいと思う状態を、何もかも壊していってしまう。虎徹のすることは、お節介で、てんで的外れで、どうしようもなく腹立たしいことばかりだと思う。それなのにどうしてか、バーナビーは結局そんな虎徹の言葉に、行動に、振り回されて流されてしまう。……いや、その理由に、薄々バーナビーは気付いていた。それでも、認めてしまうのは何となく癪で、ずっと長い間知らんふりをしてきたのだ。
 虎徹はむくれるバーナビーにはもう何も言わずに、途中で放り出していたビールを持ち上げた。残りは少なかったのか、あっさり空にしてしまうと、テーブルの端に軽い音を立てて置いた。それから、自分の分として目の前に出していたフォークを取ると、手を動かして、ケーキの端にフォークを触れさせる。そのまま手を垂直に動かして、ケーキを一欠片切り落とす。それから、箱の中で倒れた柔らかなスポンジにフォークを突き刺して、クリームが垂れないように角度を調節しながら持ち上げた。バーナビーが見つめる先で、ケーキの欠片はあっさりと虎徹の体内に取り込まれた。頬や顎が動いて、大きく喉仏が上下する。フォークの先に付いたクリームを、虎徹の舌が丁寧に舐めとっていく。瞬きもしないでその様子を見つめていると、その内、赤い色が瞼に焼き付くような気がした。

「……ほら、毒なんて入ってねえんだからさ、ちゃっちゃと食べろよ」

 自分へ視線を向け続けるバーナビーに、虎徹が苦く笑いながら言う。そうして、自分もまた、ケーキをフォークに掬い上げた。それから悪戯っぽく目を輝かせて、自分で食べられないってんなら食わせてやろうか、とバーナビーに向けて手をさし伸ばしてくる。これには流石にバーナビーも参って、分かりましたよ、と自分のフォークを取った。――虎徹の今の振舞いは、自分に、参った、というポーズを取らせ、適当に折れ時を見つけさせる為のものであるのかも知れない、とも思ったが、それを認めるのは何だか悔しくて、すぐに打ち消した。
 口に含んだケーキはやわらかく、ふわふわとすぐに溶けていく。クリームも、スポンジも、決して重くはなく、上品な甘みを有していて、どれだけでも食べられそうな気がした。バーナビーは特別甘いものが好きな訳ではないが、それでも、このケーキは純粋に美味しいと思えた。どこにでもありそうなショートケーキではあるけれど、どこか懐かしく、やさしい味がした。
 バーナビーが文句も言わず、それどころか積極的にケーキを咀嚼し始めると、虎徹は自身のフォークから手を離し、ソファにもたれた。そうして僅かに口元を緩ませながら、ゆっくりとフォークを動かし、少しずつ、大切そうな様子でケーキを食べ進めるバーナビーを見つめた。そうだ、これでいい、と、虎徹は思う。食べることは生きること。その、生きることが、バーナビーにとって義務ではなくて、手段でもなくて、楽しみであるように。そうしてその楽しみを、自分の手から与えられるとしたら、ああそれはどんなに素晴らしいだろう。



(110611/虎兎)
「唇に幸福」
作品名:唇に幸福 作家名:はしま