君のせい
「帝人くん、髪伸びたね」
久しぶりに来た帝人くんの家(いつもは新宿の俺の家で過ごす事が多いから)で特にする事もなく、帝人くんはパソコンでネットサーフィン、俺は自分で持ち込んだ最近話題になってる小説を読んでうだうだしていると、不意に出会った頃よりも長くなった帝人くんの髪の襟足が気になり指先で弄りながら帝人くんに話しかける。
髪を弄られるのがくすぐったいのか、帝人くんの視線がパソコンから俺へ移る。
「最近切る暇がなかったから・・・伸びてきちゃいましたね」
「・・・帝人くん、切る暇がなかったって・・・もしかして自分で髪切ってるの?」
「えぇ、たかが髪切るだけの為に3千円も4千円も出せませんから」
確かに髪を切るだけだけど、それにしたって今をときめく高校生がセルフカットだなんて正直驚いた。
まぁ、帝人くんだから妙に納得できるけど・・・。
「帝人くん、髪切りに行こう」
「臨也さん、人の話聞いてましたか?髪を切りに行くお金なんてないんですよ。苦学生バカにしないでください」
「話は聞いてたし、別に苦学生をバカにしてる訳じゃないよ。俺がいつも行ってる美容院行こうよ。お金なら俺が出すから大丈夫」
ね?と問いかけながらも、俺は帝人くんの答えを聞く前に立ち上がり出かける準備を始める。
どうせ帝人くんは拒否するに決まってるから、最初から答えなんて関係なく出かける事は俺の中で勝手に決定していた。
「ちょっと、臨也さん・・・僕行きませんよ」
「うん、そう言うと思った。さて、帝人くん。ここで君に2つの選択肢をあげる。1、俺にお姫様抱っこされながら美容院に行く。2、大人しく自分で普通に歩いて美容院に行く。さぁ、どっちがいい?」
「・・・3の美容院に行かないでお願いします」
「はいだめー。帝人くんが真面目に答えてくれないので、俺の独断と偏見で1のお姫様抱っこに決定ねー」
そう言いながら、俺は素早く帝人くんをお姫様抱っこして玄関へ向かう。
うーん、この子ちょっと軽すぎるよね。普通これ位の年齢の子ってもう少し重いと思うんだけど・・・今日の夕飯は焼き肉にでも連れて行こうかな。
「っ!臨也さんっ、降ろして下さいっ!」
「えー?だって帝人くんがわがまま言うから、俺が優しく運んであげるんだよ?」
「わがまま言ってるのは臨也さんの方でしょう!?もう、分かりました、ちゃんと行くから降ろして下さい!」
本気で暴れだす帝人くんが可愛くて惜しいなと思いながらも大人しく降ろしてあげると、恥ずかしかったのか僅かに赤くなった頬をぷくっと膨らまして軽く睨んできた(まぁ、ほっぺた赤いし睨むって言っても帝人くんより背の高い俺からしたら上目遣いしてるようにしか見えなくてすっごく可愛いんだけど)
「もう、髪なんてどうだっていいじゃないですか」
「確かにどうでもいい事だけど、今はなんだか気になってしょうがないから早く行こうよ」
早く早くーと帝人くんを急かしてやっと美容院へ向かう。
美容院へ向かう途中もなんだかブツブツ文句言ってた様だけど、逃げないようにしっかり手を繋いでおいたから無事に美容院到着。
「いらっしゃいませ。久しぶりですね、折原さん」
「久しぶりー。って言っても俺先月来たばっかりだよね」
美容院へ入ると顔馴染みの美容師が迎えてくれる。
美容師とあいさつを交わしながら遠慮して入口から動こうとしない帝人くんの手を引き、俺がいつも座ってる椅子に座らせる。
「悪いけど、今日は俺じゃなくてこの子を頼むよ」
「ずいぶん可愛らしい子ですね。どんな髪型にしますか?」
「髪型は変えずに、伸びた所そろえる程度でいいかな」
俺と美容師が帝人くんの髪を弄りながら話している最中は慣れない美容院に緊張して、帝人くんは黙って俯きずっと自分の膝を見ていた。
美容師に一通り要望を伝えると俺はやる事もなく暇になった為、近くにあった椅子に腰かけ帝人くんを観察する。
美容師に話しかけられる度に小さく返事をする帝人くん。本当に慣れてないんだと思い、思わずクスクスと笑ってしまうと鏡越しに帝人くんに睨まれた。おー、怖っ。
後ろの襟足を揃えて次は前髪。帝人くんったら可愛らしく目瞑っちゃって・・・あんな顔見たらキスしたくなっちゃうじゃないか。
・・・うわぁ。俺馬鹿だなぁ。あの美容師に帝人くんのあの顔見られたとか・・・すっごい嫌だ。というかあの美容師、帝人くんの髪に触ってるんだよね。髪だけじゃなくて、頭とか耳とかおでことかにも。
「臨也さん?どうしたんですか?」
帝人くんの声で顔を上げると、もう髪を切り終わってシャンプーしに行くみたい。
「なんだかすごい顔してますよ?」
「別に、何でもないよ」
言葉ではそう言いつつも内心ではもの凄い後悔と美容師に対しての嫉妬で何でもないなんて事なかった。
あー、どうしようかな。髪切るな、なんて言えないし・・・かと言ってまたセルフカットさせる訳にもいかないし。
・・・あぁ、そうか。簡単じゃないか。
考えが纏まった所へ、髪を洗い終わりしっかりと乾かしてもらった帝人くんが嬉しそうに近寄ってくる。
「えへへ、美容院ってなんだか楽しいですね」
「そう、それは良かった。生涯最初で最後の美容院が楽しめたみたいでなによりだよ」
「は?最初で、最後?」
きょとんと目を丸くし小さく首を傾げる帝人くん最高に可愛い。
「君の髪はこれから俺が切るから」
「・・・はぁ?何でですか?」
「帝人くんが可愛いのがいけない」
「っ、また訳の分からない事言って!!」
俺の言葉に顔を赤くしながら抗議してくる帝人くんに背を向け、会計を済ませる。
どうして俺は最初から自分で帝人くんの髪を切ることを思いつかなかったんだろう。俺もまだまだ考えが甘いな。・・・というか、帝人くんが可愛すぎるせいだよね。うん。絶対そうだ。
「ありがとうございました」
未だに抗議を続けている帝人くんの手を取り店を出ようとすると、担当してくれた美容師が外まで見送りをしてくれた。帝人くんはそれに律儀に小さくお辞儀を返すと、歩きながらまた俺へと抗議を続けた。
「臨也さんが美容院に行くって言ったのに、どうして最後なんですか?」
「だから、帝人くんが可愛いから」
「それじゃあ答えになってません!というか、僕可愛くなんてないですよ!」
「帝人くんは分かってないね。自分がどれ程魅力的な人間なのかを」
足を止め、帝人くんへと向きなおり優しく抱きしめる。当然、帝人くんは『街中でなにしてるんですか!?』とか喚いているけど、抱きしめる腕を解くつもりはない。
「俺は帝人くんが大好きだから、他人が帝人くんに触れるのがすごく嫌なんだ。だって、帝人くんは俺のだろう?俺の大事な帝人くんに他人が触れるなんて、許せない」
帝人くんの耳元で、言い聞かせるように、でも脅しなんかじゃなく優しく、囁くように言うと、帝人くんは大人しくなり切ったばかりの短い髪から見える耳は僅かに赤く染まっている。
「馬鹿・・・美容師さんが髪に触れるなんて当たり前じゃないですか。美容師さんはそれが仕事なんですよ?」