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赤面した己を笑っているのかと顔を上げれば、三國は公麿を見ずに笑っていた。
「悪い、悪い、お前も貴子と同じことを言うんだなと思ってな……」
「貴子?……さん」
「あっ、妹の名前だ」
「そう」
三國は自分のことはあまり話さない。正確に言えば、過去を語りたがらない。だが、無理に聞き出したくはない、こうしてポロリと三國が話してくれるのが嬉しいのだ。それだけ、心を許されているのだと実感する。なによりも、欲しいのはこの男の過去ではない。
「俺、この歌好きだよ」
もう一度聞きたいとテープを巻き戻す。今の媒体ではセットすれば何度でも聞くことが出来るが、カセットには作業が必要だ。僅かな機械音の後に再び演奏が流れる。
「貴子も同じことを言っていた。だから、残してあったのかもな……」
処分せずに一本だけ残してあったテープの理由を思い出し、三國は静かに口を開いた。隣に居るはずなのに、何処か遠く感じる三國の存在に公麿はそっと肩に頭を寄せた。
「もっと……、三國さんの歌聞きたい」
「聞いているだろう」
またせがまれてリピート続けるスピーカーに目を遣る三國の掌に、公麿の暖かい小さな掌が重ねられた。
「そうじゃなくて、生で聞きたいんだよ」
力強く重ねられた掌に、びくりと震えが伝わった。三國がこな風に反応することは珍しい、それがとても嬉しいのだ。
「俺はそんなに巧くないのだがな……」
「そんなことねーよ。俺、聞きたい」
あの自信に満ちた普段姿とは違い、自嘲気味に呟く三國に対して力強く訴えれば口許を緩め笑みを浮かべた男の大きな掌が伸びてきた。
「そのうちな……」
あしらわれるようにポンポンと頭を公麿は叩かれる度に、子供扱いされているのかと思う。だが、三國からはいつも自分に対する扱いに、子供として扱うべきか、一人男として対峙するべき悩んでいるものが感じとれる時は興奮する。
庇護欲の強い三國のことだから、公麿のことももっと構いたいのだろう。同棲の話にしてもそういう理由もあるのだろう。だけど、それを無理に押し進めずにいることが、彼が公麿の立場を考えている証拠だ。
「ほんと、あんた何でも出来るんだな……」
大凡敵わないと思う。大人だからということもあるが、今の自分が三國と同い年となってもこうき慣なれないと思う。なりたいとは思わないのだけど……
それは尊敬や憧れとは違う感情だ。なりたくはないが、彼という存在を越えることは出来ないと思う。
「お前の方がなんでも出来るだろう」
オーディオの電源をさり気なく三國は落とすと、公麿の身体を抱き寄せた。
「俺が?」
公麿に出来て、三國出来ないことは多くはない。むしろ少ないくらいだろう。
「ああ、俺に出来ないことを、いやどんな人間にも出来ないことをお前は容易くやってみせる」
力強く公麿の身体を抱き寄せながら、三國が言葉を紡いでいく。どんな表情をしているのか見たかったが、三國はその顔を見せる気はないらしい。
三國とって公麿は不思議な存在だ。どんな人間にも対等に付き合い、そのものの持つ背景など気にしない。そして、信頼し、また相手からの信頼を得られる。これがどんなに素晴らしいことなのかを、この青年は理解していない。いや、していないからこそ、きっと彼は公麿たるのだろう。
「そうなの?」
首を傾げているまだ幼さの残る少年の頬に唇寄せると、擽ったそうに彼は首を顰めた。
「俺はお前に夢中だよ」
初めて出会った時から、気がついたら夢中になっていた。ずっと、誰かに関心を持ったことなどなかったのに…………
誰かが、この心の中に入ってきたことなどなかったのに……
抱き寄せたままゆっくりとその細い身体をソファーへと押し倒せば、ギシリとスプリングが軋しみ音を立てた。
「重いんだけど……」
三國を見上げながら冷たく言い放つ公麿に、苦笑しながら三國は身を離そうと思った。最近は慣れてきたのか少々可愛げ無いところもあるが、それが精一杯の公麿の虚勢でもあるので愛おしくも感じる。
「あっ、すまな……」
「軽くしてよ……」
ゆっくりと離れようとする身体に、まるで公麿の細い腕が絡みつき、軽く、羽根のような接吻けを交わした。意外な行動に驚く三國を笑いながら、公麿はそのまま三國の身体を引き寄せた。
「俺の愛は重いんだ……」
低く囁くと、ゆっくりと三國の身体が沈んでいく、重く、そして愛しく掛かってくる重みに公麿は瞳を閉じる。初めての時はキスの仕方も判らなかった。なにもかも、三國が教えてくれたのだ。愛し方も、愛され方も、全て…………
長い公麿の前髪を掻き分けて、三國の唇が額へと落とされる。顎髭がちょうど公麿の鼻頭を擽り、その感触により目を細めながら顔を動かし、鼻先で髭の感触を味わう。三國もくすぐったいのか笑い声が漏れている。
ひとしきり笑いあった後、互いを見つめ合うとその濃い瞳には互いの姿しか写されてはいなかった。吸い込まれるように唇を重ね合うと、あとはただ二人で沈んでいくだけだった。
「いつか、俺のために歌ってよ……」
【終】