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IN ケテルブルクホテル

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そしてそれを掲げ持つジェイドは、――眼鏡を光らせ、口の端を上げて笑っていた。
厳しいけれどちょっと優しい「ツンデレおじさん」の称号を持つ彼は、同時に「悪の譜術使い」の称号も持っているのだ。
ルークは相談する相手を間違えたことに、ようやく気がついた。
「ジェイド、ちょっと待っ・・・・」
「行きなさい、ミュウ!」
「はいですの!」
その瞬間、ミュウアタックがルークの腹にめり込んだ。
「ごふっ・・・!」
「ルーク、気を抜いていては、死にますよ!さあ腹筋に力を込めて!」
「ミュウアターック!」
「おうっ・・・!」
「まだまだ!」
「アターック!」
「ちょ・・・!」
「遺言ですか?聞きませんよ!」
「ミュウアタ・・・!」
「ちょっと、待てーぇ!!」
ルークは突っ込んできたミュウを、寸手のところで叩き落した。
しかし、その瞬間、かちっという音と共に、ミュウの技が切り替わった。
「ミュウアタ・・・ファイヤー!!」
ミュウの口から出てきた火の玉は、叩き落された瞬間、ルークから大きく外れ、つい先ほどまでジェイドが寝そべっていたベッドに直撃した。
「みゅううううううううううううう!!!」
「な・・・・!!」
一瞬にして炎に包まれたベッドに、ミュウは絶叫し、ルークは言葉を失った。
火を消さなければ、と思ったものの、余りの火勢に気圧され、足が竦む。
ルークが呆然としていると、ジェイドは、やれやれ、と溜息をつき、立ち上がった。
「ジェイド、火を消さないと!」
消火器を!と慌てるルークに、ジェイドは一言、
「必要ありませんよ」
と言った。
「ひ、必要無いわけないだろう!どうやって――」
消す気だ、と言い掛け、ルークは再び言葉と、顔色を失った。
ジェイドは目を閉じ精神を集中させると、ゆっくりと譜術の詠唱を始めた。
「荒れ狂う流れよ――」
「・・・・嘘だろう、ジェイド!?」
ルークは咄嗟に、床に転がるミュウを掴むと、部屋の端に向かって脱兎のごとく駆け出した。
「スプラッシュ!!」
部屋に轟音が響き渡る。
背後から襲って来た衝撃に背中を押され、ルークは激しく床に倒れこんだ。
「痛ぇ・・・」
「みゅううぅぅぅ・・・」
「おやぁ?」
呻くルーク達の後に、ジェイドの疑問の声が続いた。
見ると、ベッドは跡形も無く破壊されている。
しかしもちろん、被害はそれだけでなく、壁や床までぶち抜き、辺り一面は水浸しになっていた。
恐らく被害は階下にまで及んでいるのだろう。
微かに人々の悲鳴が聞こえてくる。
耳を澄ませるまでもなく、幾つもの乱れた足音が、この部屋に近づいてくるのが分かった。



「おかしいですね」
器物破損と傷害の現行犯で連行されたジェイドは、この惨状に首を傾げていた。
「おかしいのは、お前だ!部屋の中で譜術をぶっ放す奴があるかよ!」
常識で考えろ、とついでに連行されてきたルークは、手にしていたミュウを、ジェイドに向かって投げつけた。
「あなたに常識云々と言われるのは、甚だ不本意なんですが。――しかしですね、ケテルブルクの建築基準だと、あの程度の譜術なら耐えられるくらいの耐譜術強度が義務付けられている筈なんですよ」
建築基準法違反ですかねぇ、と呟いていると、そこに髪を乱してネフリーが駆け込んで来た。
「お兄さん!何てことをしてくれたの!」
「開口一番、それですか」
「言われて当然だろ」
「それもそうですね。ところでネフリー――」
ジェイドがケテルブルクの建築基準に付いて尋ねると、ネフリーは頭を抱えて答えた。
「お兄さん、一体何年前の話をしているの?建築基準は毎年改定されているのよ。大体、あの異常な耐譜術強度だって、お兄さんたちが譜術だ譜業だとあちこちで暴れて、街を破壊しまくったからじゃない」
「あなたがピオニー陛下を煽動して、騒ぎを煽っていたことには言及しないのですか?」
ネフリーはジェイドから目を反らして続けた。
「お兄さんもサフィールもいなくなってから、年々強度の基準は下げられて、何年か前にはもう全国平均のレベルにまでなっていたのよ。お兄さん達の泊まっていた部屋は、その後に改築されていたから、とてもじゃないけれど室内での譜術の使用になんて、耐えられるわけがないの」
まさかお兄さんが知らなかったなんて、とネフリーは首を振った。
「賠償金もとんでもない額よ。お兄さん、払えるの?」
「全く問題無いですね」
ケテルブルクホテルからの損害賠償請求書を受け取ると、ジェイドは封筒を求めた。
それを横からひょい、と覗き込んだルークは、その金額に、げ・・・と呻いて顔を引き攣らせる。
ルークの強張った顔を楽しそうに眺め、ジェイドは言った。
「ルーク、あなたも将来、公爵家の人間として人の上に立つ身です。ですから、良く覚えておきなさい――」
ジェイドはじっとルークを見つめた。
「上司とは、部下の尻拭いをするために存在するのですよ」
ジェイドは請求書を丁寧に折り、封筒の中に入れると、
「これをピオニー陛下に届けてください」
と、ネフリーに向かって封筒を差し出した。
「丸投げかよ!?」
「言ったでしょう。上司なんてそのためにいるんです。私はマルクト帝国の軍人です。色々細かい上司はいますが、極めつけの上司と言えば、ピオニー陛下ですからね。どうせ上まで上がって審議に掛けられる額ですし、それならば、最初から一番上に送った方が、話が早い。――と言うわけで、実務者レベルの話し合いは、終わりです。帰りますよ、ルーク」
実行犯の間違いだろ、と毒づくルークの背中を押し、ジェイドはさっさと引き止められていた部屋を出て行った。
建物から出るまでにすれ違う人、すれ違う人、ことごとくがジェイドを見、そして目を反らす。
微かに「バルフォア博士・・・」「爆破・・・」と、ひそひそ言い合う声が聞こえた。
しかし、ジェイド本人はそんな周りの様子など気に留めることも無く、肩で風切り、颯爽と館内を歩いて行く。
全ての処理をピオニーに放り投げ、いっそ清清しい表情だ。
表に出ると、そこには心配して様子を見に来たガイたちがいた。
「ルーク、ジェイド!」
「一体、何事でしたの?部屋の中で譜術を使ったと聞きましたけれど・・・・」
あの惨状は、と心配顔のナタリアに、ジェイドは飄々とした笑顔で「解決済みです」と答えた。
「まぁ、釈放されたってことは、そう言うことなんだろうけど・・・・ルーク、どうしたんだ?」
ジェイドの微笑みとは対照的に、ルークの方は浮かない顔で立っている。
問い掛けられて、ルークはぽつり、と呟いた。
「俺、人の上に立ってやっていく自信、無ぇ・・・・」
「まぁ!何ですの、いきなり?ルーク、しっかりなさって!」
ナタリアが肩を掴んで揺さぶるが、ルークは力なく首を振るばかりだ。
ガイは、ジェイドを突付いて尋ねた。
「旦那、ルークと何かあったのか?」
「いいえ、とんでもない。私はただ、人の上に立つ者の心構えを、ほんの少し教えてあげただけですよ」
ちょっと桁が大き過ぎましたかね、とジェイドは、ふふん、と笑うと、
「さぁ、帰りますしょう」
と、うな垂れているルークの腕を掴み、さくさくと歩き出した。
作品名:IN ケテルブルクホテル 作家名:Miro