最強の敵?
やっぱり最初の予定通り導力車が走り出す前に、などと呟きながら一人考えにふけってしまったロイドは、自分を見つめるランディに気付いて笑顔を浮かべた。
「ありがとう。おかげで自信がでたよ。」
「そ……か。頼りにしているぜ、リーダー。」
「ランディも。」
そう言って、ロイドは伸びを一つして宿屋へと戻っていく。その背中を見つめていると、ふいに何かを思い出したようにロイドが振り返った。
「そうだ、ランディ。」
「お?」
「ああ見えて、セシル姉は手ごわいよ。」
「……はぁっ?!」
素っ頓狂な声をあげるランディを見返して、ロイドは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「簡単に“落とす”ことはできないから、頑張って。」
「なっ!」
違う、と否定の言葉を口にしていいものかどうか。一瞬の躊躇の間にロイドはひらりと手を振って宿屋へと姿を消し、ランディは一人残された広場で大きく天を仰いだ。
「なんでお前が応援すんだよ……」
零れ落ちた言葉は情けないほど力なく、夜風にさらわれて消えていった。
* * * * *
「……だから、そうじゃないだろ……」
パタンと音を立てて閉まった扉の内側で、ロイドは一人蹲っていた。頭を抱え、髪をまぜて呟く姿は数秒前とはまるで別人だ。不思議そうにこちらを見る宿屋の女将の視線を感じて立ち上がると、すぐ隣の酒場へと移動する。無愛想なウェイトレスにオーダーを伝えて、テーブルに突っ伏した。
このあとに一仕事ある以上酒は飲めないが、正直、ヤケ酒でも飲んで眠ってしまいたい気分だ。
「このままじゃあ昔と同じだよ……」
想いを伝えられないまま終わってしまった初恋。彼女の心を攫ったのが兄だったから苦笑と共に諦められたのだが、それは苦い記憶として今も心に残っている。以前、ロイドは彼女にこう言ったことがある。「兄貴ってさ、自分で言うほどモテないから大丈夫。セシル姉頑張れ!」と。
今だって、昨日のセシルに対する彼の態度が気になってその真意を聞こうとしたはずだった。それが気づけばこの後に控える任務の話(しかも自分で却下したような愚策を話すなんてどうかしてる…)と、なぜか彼の恋を応援するような言葉を口にしていた。
見事なまでに幼い頃に犯した失敗をなぞっている自分に、ため息しか出ない。
「ロイド?ここにいたのね。」
コーヒーを前に落ち込んでいると、聞きなれた声に名を呼ばれた。見れば階下から二人の女性が姿を現したところだった。近寄って来る二人はどちらも先程に比べて顔色がよく、きちんと休めたことが伺える。
やはり女性だけにしたのは正解だったな、と思っていると、ティオが小さく首を傾げた。
「そろそろ時間かと。……ランディさんはどちらに?」
「ああ、ランディなら外に――」
言いかけたところで宿屋のドアが開く。少し高い位置に現れた背の高い赤毛の青年は酒場スペースに集まった三人をみつけると、ぱっと明るい表情を見せた。
「お、一杯やってんのか?俺も混ぜ―」
「「「飲んでません。」」」
「はい……」
しょぼんと肩を落とすランディに三人は顔を見合せて笑い、すぐにその顔を引き締めた。女性二人と共に扉で落ち込んでいるランディのところまで移動し、その肩を叩く。言われずとも時間が来たことはわかっているのだろう。好戦的な光を宿した瞳でにやりと笑う彼にまた動悸を速めながら、ロイドは目を閉じ、息を吐いて顔を上げた。
「よし、そろそろ始めよう。特務支援課、これより魔獣ならびに真犯人の確保に入る。みんな、充分注意して当たってくれ。」
ロイドの声に気合十分な返事が答える。油断するとランディの姿ばかり追いかけそうになる自分を感じながら、ロイドは敢えてその感覚を遮断し、目の前の任務へと意識を切り替えた。
彼らの夜は、まだ始まったばかりだ。