レイン・ペイン・レイン
最悪だ。
チッ、と、常なら飲み込むはずの舌打ちを衝動に任せて零した。
(本当に最悪だよ、なんで今日に限って)
適当な店へと横を走り抜けていく人達に逆らって普段と変わらない歩調で歩く。
じとりと濡れたコートが体全体にまとわり着いて、見えない力で全身を押さえつけられているようで気分が悪い。
普段はただの飾りであるフードを頭に被ってはいるがそんなものでは凌げそうもない。
気休めにフードの端を前に引いてより深く被る。
(最悪、本当シズちゃん死ね)
気休めにもならないが、今まさに自分が雨に打たれて全身ずぶぬれになるなんて事態を招く原因である男、平和島静雄も雨に降られているだろう、それだけが救いだ。
あいつの所為で自分はこんな目に遭っているというのに、その原因の張本人がのうのうと屋根の下でコーヒーでも啜っていたら、自分は全身全霊をもって今まで使うまいと自分の矜持とルールと規律にそって犯さなかったタブーを犯してでも彼を殺してやる。
馬鹿らしいことを考えているとは思ったが、それでも思わずにはいられない。
視界に捕らえた適当な店の軒下に入り込む。
ここまで濡れたらもう関係ないと思いもするが、雨の中を歩くという行為が面倒だった。
そして今の自分が相当に苛立っていることも承知している。
四六時中、無意識にでさえ浮かべている笑みが消えていることも承知している。
この状態を第三者、特に信者や自分が優位に立つべき相手に見られることだけはプライドが許さない。
今頃は黙々と仕事をこなしているであろう秘書にならば繕わずに不機嫌な顔を晒したかもしれない。
だかしかしそれは気を許しているとかそんな甘いものではなく、単に彼女が自分に何の関心も情も持ち合わせていないと知っているからだ。
そういえば以前に思わず零した舌打ちを聞いて、あんたでも舌打ちするのね、少し意外だわ、と彼女が言った事を思い出した。
そう思われていることの方が意外だな、と思ったことを覚えている。
甘い顔しかしらない人間達ならまだしも、自分をある程度知っている者からそんな風に思われていることが驚きだ。
流石に高校時代からの付き合いの腐れ縁たちはそうは思っていないだろうけれど。
「…つうか、止めよ早く」
仕事たまってんだよな、と、未だ弱まる気配のない雨脚に、誰もいないことを良いことに悪態を吐いた。
ぱしゃん、
と隣に誰かが駆け込んできたのはその時だった。
一人で居たいんだけど、という思いのままの舌打ちを今度は飲み込んだ。
誰だよ全く空気読めよと、自分でも滅茶苦茶だと分かる思いと共に視線をやった。
「あ、」
「……何してるの、君」
そこにいたのは、只でさえ大きな目を更に丸く見開いた帝人くんだった。
「あ、いえ雨に降られちゃって…雨宿りを、」
それはそうだろう。
自分の間抜けな質問にすら真面目に答える彼に胸に湧き上がる感情はもう慣れたものだ。
自分がこんな子供相手に、しかも男に惚れこんでしまったなんて。
最初は兎に角もう否定して見ないふりをして、落ち着け落ち着くんだ折原臨也これは興味の延長線上であって滅多にない面白い駒に柄にもなく興奮しているだけであって恋愛感情なんかではないんだ落ち着け俺、と脳内で繰り返した日々はそう遠くない。
今、俺から微妙な距離を保って立っている彼に気付かれないように、少し距離を詰めた。
「臨也さん、」
ばれたか、という思いはおくびにも出さず、ん?と微笑み返してやれば、ちょっと照れたように視線を下に向けてからもう一度こちらを見上げてくる。
そんな些細な仕草ですら愛しいと思うようになった自分を今はもう認めている。
チッ、と、常なら飲み込むはずの舌打ちを衝動に任せて零した。
(本当に最悪だよ、なんで今日に限って)
適当な店へと横を走り抜けていく人達に逆らって普段と変わらない歩調で歩く。
じとりと濡れたコートが体全体にまとわり着いて、見えない力で全身を押さえつけられているようで気分が悪い。
普段はただの飾りであるフードを頭に被ってはいるがそんなものでは凌げそうもない。
気休めにフードの端を前に引いてより深く被る。
(最悪、本当シズちゃん死ね)
気休めにもならないが、今まさに自分が雨に打たれて全身ずぶぬれになるなんて事態を招く原因である男、平和島静雄も雨に降られているだろう、それだけが救いだ。
あいつの所為で自分はこんな目に遭っているというのに、その原因の張本人がのうのうと屋根の下でコーヒーでも啜っていたら、自分は全身全霊をもって今まで使うまいと自分の矜持とルールと規律にそって犯さなかったタブーを犯してでも彼を殺してやる。
馬鹿らしいことを考えているとは思ったが、それでも思わずにはいられない。
視界に捕らえた適当な店の軒下に入り込む。
ここまで濡れたらもう関係ないと思いもするが、雨の中を歩くという行為が面倒だった。
そして今の自分が相当に苛立っていることも承知している。
四六時中、無意識にでさえ浮かべている笑みが消えていることも承知している。
この状態を第三者、特に信者や自分が優位に立つべき相手に見られることだけはプライドが許さない。
今頃は黙々と仕事をこなしているであろう秘書にならば繕わずに不機嫌な顔を晒したかもしれない。
だかしかしそれは気を許しているとかそんな甘いものではなく、単に彼女が自分に何の関心も情も持ち合わせていないと知っているからだ。
そういえば以前に思わず零した舌打ちを聞いて、あんたでも舌打ちするのね、少し意外だわ、と彼女が言った事を思い出した。
そう思われていることの方が意外だな、と思ったことを覚えている。
甘い顔しかしらない人間達ならまだしも、自分をある程度知っている者からそんな風に思われていることが驚きだ。
流石に高校時代からの付き合いの腐れ縁たちはそうは思っていないだろうけれど。
「…つうか、止めよ早く」
仕事たまってんだよな、と、未だ弱まる気配のない雨脚に、誰もいないことを良いことに悪態を吐いた。
ぱしゃん、
と隣に誰かが駆け込んできたのはその時だった。
一人で居たいんだけど、という思いのままの舌打ちを今度は飲み込んだ。
誰だよ全く空気読めよと、自分でも滅茶苦茶だと分かる思いと共に視線をやった。
「あ、」
「……何してるの、君」
そこにいたのは、只でさえ大きな目を更に丸く見開いた帝人くんだった。
「あ、いえ雨に降られちゃって…雨宿りを、」
それはそうだろう。
自分の間抜けな質問にすら真面目に答える彼に胸に湧き上がる感情はもう慣れたものだ。
自分がこんな子供相手に、しかも男に惚れこんでしまったなんて。
最初は兎に角もう否定して見ないふりをして、落ち着け落ち着くんだ折原臨也これは興味の延長線上であって滅多にない面白い駒に柄にもなく興奮しているだけであって恋愛感情なんかではないんだ落ち着け俺、と脳内で繰り返した日々はそう遠くない。
今、俺から微妙な距離を保って立っている彼に気付かれないように、少し距離を詰めた。
「臨也さん、」
ばれたか、という思いはおくびにも出さず、ん?と微笑み返してやれば、ちょっと照れたように視線を下に向けてからもう一度こちらを見上げてくる。
そんな些細な仕草ですら愛しいと思うようになった自分を今はもう認めている。
作品名:レイン・ペイン・レイン 作家名:ホップ