レイン・ペイン・レイン
「…えっと、雨、やみません、ね……」
「そうだねえ、」
全くだよと言った後に、思わず今日の自分の一日が脳内でリピートされた。
今日は朝早くから、といっても昨晩と言っていい時間帯から依頼主に情報を渡しに行って、その足でそのまま別の得意先にいって依頼を受けて。
午後から雨が降るでしょうという予報が正しいと思わせる曇天に、さっさと事務所へ戻ろうと駅へ向かおうと踵を返した瞬間。ひょいと一歩前にでる。直後、どごおん、と特撮映画のような音を立ててすぐ後ろに何かが落ちる音。
言わずもがな。そこからはまあいつもの文字通り命をかけた鬼ごっこが始まった訳だ。俺としては疲れてるし雨も降りそうだしでさっさと引き上げたかったのに、何があったのか知らないけれど、今日こそはといつも以上に息巻くシズちゃんを撒くのに時間がかかった。
やっと撒いて、やれやれと思った矢先に、ぽたりと頬に当たる冷たい感触。
嫌だなあ、まあ念のために持ってきた傘があるけれど、と思ってその時になってようやく自分が手ぶらであることに気が付いた。
……そういえば、シズちゃんの投げ飛ばしたコンクリートの破片を打ち返すのに使って、べぎ、と音がしたから投げ捨てた、ような。
そんな一瞬の回想に耽っている間に、気のせいのようだった雨がどしゃぶりに変わっていた。
最悪だ。
チッ、と、常なら飲み込むはずの舌打ちを衝動に任せて零した。
「、っ」
びくり、と傍らで跳ねた存在にはっとした。
「…っと、ごめん、ちょっと嫌なこと思い出しちゃってね」
何をしているんだ俺は。
すぐ隣に惚れた相手がいて、あれやこれやと距離を縮めて、警戒心だけは人一倍の彼がやっと歩み寄ってきてくれている所だったのに。
心象を悪くしてどうするんだ。
ああくそ、本当にシズちゃん死ね。マジで死ね。
いやでもアイツのおかげで今は帝人くんが隣にいるわけで。
雨に濡れて華奢な身体に張り付いた服がちょっといやらしいなとか、項を伝う雨を俺に起因する汗に変える事が出来たら、とかいやそんなこと考えてる場合じゃない。
「臨也さんの舌打ちって初めて聞きました」
「え、ああー…うん、まあ俺も人間だからねえ」
じり、と矢張り彼に悟られない程度に距離を詰める。
なにしてんだ俺。いじらしいな。乙女か。馬鹿か。いやでももう少し傍に寄りたい。
「なんか、舌打ちって臨也さんらしいですよね」
もう少し距離を詰めようと傾いていた体がひたりと硬直した。
「……、俺らしい?」
意外すぎる彼の感想に、阿呆みたいに鸚鵡返しに問い返してしまった。
「あ!いえ違うんです!別にガラが悪そうなのが臨也さんぽいとかじゃなくてですね、あの何ていうか、」
慌てて弁解をしながら俺を見上げる彼は気付いているのだろうか。
彼が駆け込んできた時にあった筈の人一人分の隙間が、今はもう触れんばかりの距離になっていることに。
弁解するために体ごとこちらに振り返った彼の肩が、腕が、俺に触れたことを。
「いつも丁寧な物腰ですけど、なんていうか、こう、乱暴な口調とかの方が臨也さんみたいだなっていうか、あ、いえ違くって!」
弁解をすればするだけ自分でどつぼにハマっていく彼に思わず噴出した。
「……あの、臨也さん?」
拗ねたような口調も表情も、ただ俺の中にある愛しさに拍車を掛けるだけで、痛くも痒くもない。
馬鹿だなあ、と思う。
そうやって俺に色んな表情を見せて、俺に話しかけて俺の名前を呼んで。
その度に自分で自分を追い詰めていることに気付かないのだろう。
俺の想いを大きくさせて、俺の本気をどんどん煽って。
気付かせていないのは俺なのだけれど。
作品名:レイン・ペイン・レイン 作家名:ホップ