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こんなかんじ。

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1919年パリ、オペラ座。
かつては繁栄と栄光に充ちていた劇場はすっかり埃を被り静まり返っていた。
数十年前は美しく飾られた上映作品のタイトルの旗がはためいていた入り口は
今は『本日オークション開催』と書かれた旗がひらひらと冷たい風に吹かれてはためいている。
オペラ座の前に一台の車が停車し、そこから侍女と車いすに乗った老紳士が降りてきた。
侍女は主人の車いすを押して埃と蜘蛛の巣だらけで色を失ったオペラ座の中へと入っていく。
中に入るとすでにオークションは始まっており
落札者達がかつてオペラ座で使用されていた道具や衣装を競り落としていた。
落札者の中にいた年老いた淑女が車いすに乗った老紳士を見て、小さく息を呑んだ。
彼女の視線に気づいたのか老紳士の視線も淑女の方へと向く。
蒼い二つの瞳の視線は重なったが、互いに何も言わぬまま視線は競売人へと向けられた。

「では皆さま、次は665番。手回しオルガンの形に仕立てた張子のオルゴールです。
 ペルシャ服を着てシンバルを叩いている猿の細工付き。
 このオペラ座の地下室で見つかったという品物。まだちゃんと動きます」

ペルシャ服を着た猿がシンバルをゆっくりと叩きだす。
懐かしき仮面舞踏会(マスカレード)の音楽を奏でるオルゴールを
老紳士と淑女は食い入るように見つめている。

「手始めは20フランで。では15フランでは、15フラン」

淑女が手をあげる。老紳士が侍女に視線を送ると、侍女が主人の代わりに手をあげた。

「20フラン、ありがとうございます」
「25フラン」

淑女がまた手をあげて言う。

「25フラン、ありがとうございますマダム・フォンヴェッティン。
 25フランで如何ですか」

競売人が確認するように老紳士に尋ねる。
老紳士が侍女を見ると侍女はまた手をあげた。

「30フラン、30フランで如何ですか。35フランは?」

確認するように競売人に問われ、淑女は老紳士に視線を向ける。
老紳士はじっと蒼い瞳で淑女を見つめた。
淑女は小さく笑みを浮かべてから競売人に向けて首を横に振り、諦める意志を伝える。

「30フランで落札!ブラウ子爵様、ごひいき有難う御座います」

オールゴールが老紳士へと手渡される。
皺だらけの年老いた手でそれを受け取ると老紳士はじっとそれを眺めた。
遠い昔を思い返すように虚ろな瞳で猿を見つめ、掠れた声でぼそりと呟く。

「オルゴール…あの人がいつも言っていたのはこれだ。
 お前はこうして亡き人の懐かしい歌を今もなお奏で続けているのだね…」

瞳に涙を浮かべて悲しげにオルゴールを抱える老紳士を淑女は黙って見つめていた。

「では666番、シャンデリアの破片ひとそろい。
 皆さまの中にはかの有名な『オペラ座の怪人』事件をご記憶の方もいらっしゃいましょう」

老紳士と淑女が聞こえてきたその言葉に顔をあげて競売人を見る。
運ばれてきた布のかけられた大きなシャンデリアは二人に見覚えのあるものだった。

「あの奇怪な事件の真相は未だに謎のまま。
 このシャンデリアはまさにあの賛辞で重要な役割を演じた品物と伝えられております。
 当方で修理し、破片を針金でつなぎ、新たに電気がつくように致しました。
 これでほぼ昔どおりの形がしのばれましょう。
 ちょっと明かりをつければ、昔の亡霊も逃げ出す事でありましょう」

灯りがつけられた巨大なシャンデリアがかつての栄光を取り戻すように吊り上げられる。
煌々と光り輝きオペラ座の天井へと上ってゆくそれを老紳士と淑女はじっと見上げた。
シャンデリアはかつてのオペラ座を蘇らせるかのようにオペラ座を明るく照らしはじめた――…








…――1870年パリ、オペラ座。
オペラ座では今日も団員達が忙しなく動き回り、次の舞台に向けて稽古をしていた。
稽古も大詰め、あと少しすれば一幕のリハーサルが始まる。
リハーサルに備えダンサー達が舞台裏で柔軟を始めていた。
観客の立ち入るロビーやホール、舞台上や客席は美しく飾られているが、舞台裏は楽屋なんてのはそれとは正反対。
ごちゃごちゃと小道具や大道具や役者の私物が置かれており汚いし、何より狭い。
役者や裏方の人間がごった返す舞台裏で、黒髪を靡かせた一人の青年がそこをするりとすり抜け走っていた。
露出の多い奴隷衣装を着こんだ彼は、仲間がバーレッスンをしているのを見て
足音を消しこっそりと一番端の空いていたバーのところへ行き、こっそりとバーレッスンに合流した。

「遅いわよ、メル」

メルヒェンの前でこちらに背を向けて綺麗にプリエしている女性が言う。
彼女の名前はエリーザベト。メルと呼ばれた青年、メルヒェン・フォン・ルードヴィングの唯一無二の親友だ。
メルヒェンは彼女の言葉に苦笑いを浮かべてこっそりと答えた。

「大丈夫、バレてないバレてない」

男にしては随分細い足をバーにあげて柔軟を始めようとしたが
その前にごつっと堅い何かで頭を叩かれて、鈍い衝撃にメルヒェンは呻く。
驚いて振り返ればそこには顰め面をしたバレエ教師のソフィだった。
彼女はエリーザベトの母親であり、ここオペラ座のかつてのプリマドンナ。今はバレエ教師をしている。
小さい頃に身よりをなくしたメルヒェンを引き取り、我が子同然に育ててくれたのも彼女だ。
長い棒を見てメルヒェンはもう一度ぶたれては堪らないと小さく謝罪の言葉を口にする。

「時間は厳守するように」

呆れたようにソフィはそう言ってから去って行った。
メルヒェンは先程より少し小さくなってバーに足をひっかける。
母親が遠くまで行ったのを確認すると、振り返ったエリーザベトがメルヒェンに声をかけた。

「そういえば支配人交代の噂を聞いた?
 サヴァンさんが此処のオーナーをやめるかもしれないんですって」
「…あれ程ファントムに嫌がらせをされれば、誰だってやめたくなるよ」

オペラ座の怪人、通称『ファントム』は
今ではオペラ座の団員の中では知らない者はいないであろう謎の怪人の事だ。
数年前から始まったオペラ座の数々の怪奇現象。
そして、それよりもずっと前からオペラ座に何処からともなく届けられる謎の手紙。
手紙の差出人の名前はO.G。オペラ・ゴースト。
目撃した者の証言によれば、ファントムは顔の半分を白い仮面で覆い隠した男らしい。
漆黒の闇に身を包み、頭部は輝く金色の長髪、半分だけ見える顔は美しく魔物のようだという。
しかしもう半分の隠された仮面の下には世にもおぞましいものがあるといわれている。
彼は天才にして奇人、そして殺人鬼。
ファントムの姿を目にした者は呪いで死ぬなんて噂まで流れている始末だ。

「この舞台も無事に成功するのかな」

目に見えぬものほど恐ろしいものはない。
不安そうにメルヒェンがそう呟くのを見て、エリーザベトは彼の背を優しく擦った。

「そろそろリハーサルを始めようか」

屍揮者のイヴェールがにこにこと笑ってそう言うと、団員達は各自自分の持ち場と待機場所へと移動する。
メルヒェンも着崩していた衣装をしっかりと着こんだ。

「ちょっとそこ退いて」

後ろから甲高い声をかけられてメルヒェンは慌てて道を開ける。
作品名:こんなかんじ。 作家名:えだまめ