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こんなかんじ。

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「毒なんぞいれていないぞ」
「あ、そうでなくて…その、作法とか、あまり覚えていなくて」

恥ずかしそうな顔をしながらメルヒェンは俯く。
意外な返答にイドルフリートは目を丸めた後、くっと笑いを噛み締めながら顔を横へ背けた。
クツクツと笑ってから、碧い瞳を細めてメルヒェンを見て優しい声で言う。

「別に作法なんて気にしなくていい。此処は私しかいない」
「…わ、分かった」

メルヒェンは頷いてやっとフォークとナイフに手を伸ばした。
イドルフリートが作ったのだという料理はどれもこれもとても美味しい。
メルヒェンは料理を食べながらぼんやりとイドルフリートの仮面を見つめてしまう。
その視線に気づいたイドルフリートはナイフで肉を切りながら、視線を落としたまま言う。

「私の顔が気になるかね?」
「あっ」
「別にいいさ。怖がられるのも蔑まれるのも、もう慣れてしまったからね」

慌てたメルヒェンにイドルフリートは笑った。
イドルフリートのその悲しい言葉にメルヒェンは俯く。
自分の無意識の行動が彼を傷つけてしまったのだと知り、自分の愚かさに恥ずかしくなった。
反省した様子のメルヒェンを見て、良い子だな、とイドルフリートは思った。
仮面の下を見ても尚、怯えは隠せずとも逃げ出したりしない彼が堪らなく愛おしい。

「…幼い頃に顔を焼かれた。恐らく赤子の頃だ。誰に焼かれたのかも覚えていない。
 気づけばサーカスのいい見世物になっていた。
 地獄のかまどで焼かれたかのようなこの醜い顔のせいで、皆が私を笑った」

イドルフリートは食事をしながらそう語る。
メルヒェンはただ黙ってイドルフリートの話を聞いた。

「石を投げられ、殴られ、野次を飛ばされ。私が何をした?毎日生きる事が辛かった。
 私を化け物のように扱うサーカスの連中も客も怨めしかった。いつか復讐してやると」
「…イド」
「そして、衝動のままに殺してやったよ」

衝動の揺らぐ瞳がにたりと細められる。
憧れた声で紡がれたあまりにも残酷で恐ろしいその言葉にメルヒェンは持っていたナイフを落とした。
イドルフリートは薄ら笑いを浮かべたまま言葉を続ける。

「最初は檻から逃げ出す為に、縄を使って団員の首を絞めて鍵を奪った。
 そしてまだ若かったソフィの協力を得てオペラ座の地下に隠れた」
「ソフィ先生…?」
「彼女は私の正体を唯一知っている者さ。
 サーカスの連中は私を探していた、見つかれば連れ戻されると分かった私は
 今までの憎しみを全て晴らす為に衝動に任せ、だが確実に、サーカスの連中を殺してやった。
 まぁ、消えて行く仲間に怯えて逃げてしまったのも多いから、全員殺すのは無理だったがね。
 …ククク、ざまぁみろ、出来損ないの低能共が!
 人間である私を化け物化け物と蔑んだ事によって、私は本物の化け物になったのだよ!」

イドルフリートは狂気に顔を歪ませて高らかに笑った。
ただの弱い子供を化け物と呼ぶ事で、彼らは本物の化け物を生み出してしまったのだ。
そして、殺された。自業自得だ、ざまぁみろ。彼らは己のせいで死んだのだ。
楽しくて仕方ないという風に全身を興奮に身震いさせるファントムの姿に
メルヒェンは恐怖で顔を引き攣らせた。

「…ぁ、…あ」

恐ろしさに声も出ないメルヒェン。
イドルフリートはクツクツと喉の奥で笑ってから深呼吸をひとつして自分を落ちつかせた。

「オペラ座の地下で暫くは静かに暮らした。
 誰もこない夜の世界で、好きな事をした。
 模型を作ったり、音楽を生んだり、絵を書いたり、本を読んだ。
 こんな顔だ、普通の幸せは望めない。誰の目にもつかぬ此処で静かに暮らそうと思った。
 そうして何年も長い間過ごしていると、一人の親をなくした少年が寄宿舎へやってきた。メルヒェン、君だ」
「…僕?」
「幼い君は、亡くした母を想っていつも独りぼっちでお祈りしながら泣いていたね。
 それを見て私はまるで過去の自分を見ているような気になった。
 そして何よりも君の月のような儚さと美しさに惹かれたのだ」

月明かりに照らされて透明な雫を月の瞳から溢すその姿は今でも思い浮かぶ。
誰にも寂しいとも言えず、独りでいつも静かに泣いていたメルヒェン。
その姿を見て、神はきっと独りの自分の為に天使を送ってくれたのだと思った。
蝋燭に向かって天国にいる母親にお祈りをして、誰もいない空間に話しかける子供が愛しかった。

「私はいつもこっそりと君を見ていた。見ているだけで良かったんだ。
 少しずつ大人になって美しく成長していく君を遠くから眺めるだけで幸せだった。
 だが数年前、あの雪白とかいう叫ぶしか脳のない低能なガキがプリマドンナになったのが我慢ならなかった。
 君がいつもあの部屋でこっそりと音楽の天使にお祈りしているのを利用して
 私は音楽の天使に成りすまし、君に歌のレッスンをつけたのだよ」
「……」
「がっかりしたかね、音楽の天使の正体に」

そう訊ねるとメルヒェンは顔色を青くしながらも首を横に振る。
その反応に意外そうな顔をするイドルフリートにメルヒェンは言った。

「…その、君の正体に驚いたのは本当だけど…君は僕にとっては音楽の天使だ。
 だってそんなに素敵な歌声を持っていて、僕に美しい歌を聴かせてくれるんだもの。
 それに僕を素晴らしい音楽の世界へと導いてくれた。
 今日なんてあんな広い舞台でのびのびとアリアが歌えた。
 こんなに素敵な事を運んでくれたイドは僕にとっては音楽の天使だよ」
「…メル!」

イドルフリートは席から立ち上がりメルヒェンへと近づき
彼の前に跪いてそっとメルヒェンの白い頬に触れた。
ビクリと怯えたように震えるも、逃げ出そうとはしないメルヒェン。
やはり殺人鬼という事に恐怖は覚えているようだが
それでも彼はイドルフリートを受け入れようとしているのだ。
あまりの悦びに気を失いそうだ。
長い間焦がれたメルヒェンが今、あの焦がれた瞳で自分だけを見つめている!
メルヒェンを引き寄せてイドルフリートは彼の身体を強く抱きしめた。

「私が君をプリマドンナにしてあげよう。
 誰からも羨まれ焦がれられるような気高い存在に育ててあげよう。
 …だから私だけのものになるんだ、メルヒェン」

耳元で囁くとメルヒェンの身体が震えあがる。
イドルフリートの声はメルヒェンにとってまるで麻薬のようだった。
ぼんやりと思考がおかしくなるのを感じながら、メルヒェンは両手をイドルフリートの背に回す。

「君の私への恐怖は愛に変わる。恐怖と愛はいつだって紙一重だ」
「イドルフリート…」
「私のメルヒェン、私だけのものだ。あんな小童になぞ渡すものか!」

突然現れた幼馴染の子爵なんかに、長年大事に育てた音楽の天使を奪われては堪らない。
イドルフリートは独占欲を丸出しにしてメルヒェンの細い身体を力強く掻き抱いた。
メルヒェンは男の胸に顔を埋めながら顔を歪める。
今日はあまりにも色々な事が起こりすぎて頭が追いつかない。
情熱的に囁かれる愛もまるで自分ではなく、他の誰かに向けられているような気がする。

「…戻ろう、低能共が探し始める」

イドルフリートは暫くメルヒェンを抱きしめた後、そっと身体を離した。
作品名:こんなかんじ。 作家名:えだまめ