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こんなかんじ2

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1919年パリオペラ座
オークションの終了したオペラ座から出てきた年老いた淑女は車へと乗り込む老紳士の背中を見つめた。
オルゴールを競り落とした老紳士は車に座席に座ると、窓越しにこちらを見ている淑女に気付く。
蒼い瞳の視線が再び重なった。
老紳士は被っていた帽子をあげ、彼女をじっと見つめたまま小さくゆっくりと会釈をする。
それを見て淑女も目を閉じてゆっくりと老紳士に会釈をした。
車は発進し、黒い煙を噴き上げてエンジンが可動する。
遠のく車を淑女は見えなくなるまで眺め
同じように老紳士も車のミラーに映る遠のく彼女を最後まで眺めていた――…






…――1870年パリオペラ座
ハンニバルの初日成功の翌日。今日もいつもと変わらずパリの街は賑やかだった。
暖かな日差しを受けるオペラ座にぞくぞくとチケットを買おうと人々が集まっている。
並んだ客の横を通り過ぎ、レオンティウスはオペラ座の広いホールへとやってきた。
手にもっていたステッキと新聞を従者に渡して、上着と帽子も渡す。
美しく金色に輝く銅像が並び、大理石の床を踏みしめながらピカピカのホールを歩きながら
レオンティウスは新聞に並んでいた文字を思い出して痛むこめかみを指先でおさえる。

「"オペラ初日の怪、ソプラノ歌手の蒸発"。"謎が更なる謎を呼ぶ、事件の裏に犯罪の香り"
 ソプラノ歌手の厄日、雪白の次にはメルヒェンが消えてしまった。…だがチケットは売れている」

階段を上がりながらレオンティウスはそう呟く。
どこから聞きつけたのか記者たちはメルヒェンが行方不明なのをゴシップに掲載。
しかしそれを読んだ人々はオペラ座にチケットを買いにやってきたのだ。
悪いことばかりではない、とレオンティウスは考えるように顎を触った。

「…ゴシップには金塊の価値がある。
 全く、次から次へとトラブルばかりで支配人なんて楽な仕事じゃない。
 しかし歌手が消えて世間は大喜び、派手なスキャンダルのおかげでオペラは大ヒットだ」
「なんだ一体、奴らの記事は!喧嘩売ってるのかアレは!」

兄の声を聞きつけたエレフセウスがやってきてがなった。
一日のうちにソプラノ歌手が二人もいなくなってしまって完全にパニックになっている。
二階の廊下を並んで歩きながらレオンティウスは宥めるように弟に言う。

「無料のPRだと思うんだ、おかげで稼ぎは大きい」
「それなら歌手が全員消えたらどうするんだ!出演者なしでやるっていうのか!?」
「表の行列を見ただろう?…ああ、エレフのところにも手紙が来たのか」

納得のいかないように声を荒げた弟の手にある手紙を見つけ、レオンティウスは眉を寄せる。
エレフセウスは鼻を鳴らしてから封筒の中から手紙をとり出し、文面を読み上げた。

「"素晴らしい初日だった。メルヒェンは完璧。
 雪白などもう無用、高い音を出す事しか知らない酷い歌手なのだから。
 あとついでに、コーラスはいいがダンスが酷くて駄目だ"」

それに続いてレオンティウスも懐から自分に宛てられた手紙を取り出し
同じように紙面に綴られた文を読み上げ始める。

「"一言申し上げたい。私の給料はどうなっている?ゴースト宛に送るように。
 P.S借りが嫌なら命令に従い給え" !」

兄弟は互いに顔を見合せながら、似た顔を怒りに歪ませて声をあげる。

「なんて無礼な手紙だ!厚かましい奴!」
「過ぎる悪ふざけだ。赤ん坊のような知能程度」
「署名はO.G」
「どこの何者か?」

分かりきった事を口にし、二人は同時に「オペラ・ゴースト!」と叫んだ。
エレフセウスはギリギリと歯ぎしりをしながら唸る。

「ふざけてやがる、許さねぇ!」
「けしからん、呆れ返る」
「幽霊が給料だぁ?」
「どう考えても狂ってる!」

ファントムの要求に怒り狂い、彼の悪口を言っているところを
先程レオンティウスが入ってきた扉から足早にブラウが入ってきた。
いつもは優しい微笑みを浮かべている彼の表情は、今は驚く程に不機嫌そうだ。
ブラウは二階にいる支配人の二人を見つけると、階段を上りながら二人に声をあげた。

「メルヒェンは何処だ!」
「それが…」
「この手紙は君達が!?」

怒り狂うパトロンの姿に焦ったようにエレフセウスは言い訳をしようとしたが
それも聞こうとせずにブラウは手に持っていた手紙を示しながら怒鳴った。
彼が持つ手紙は二人が持っているものとそっくりだ。
ギロリと睨まれて二人は慌てて首を横に振って否定した。

「いいや、まさか、違う!」
「違うのか?」
「勿論だ!」
「メルヒェンは何処にいる?」
「知らないよ。此処にはいない」

階段を上ってくるブラウのもとに二人も下りてゆく。
踊り場の部分で鉢合わせると、ブラウは再度訝しげな顔をしながら手紙を二人に示した。

「君達の手紙ではない?」
「一体どういう内容の手紙なんだ」

エレフセウスはブラウの持つ手紙を預かり文面を読み上げた。

「"メルヒェンの心配は無用。音楽の天使が庇護している。逢おうとしても無駄だ"」

その内容に兄弟は驚いたように顔を見合わせてから、ブラウを同時に見た。
メルヒェンを愛しているブラウにとってはこの手紙は
例え悪戯だったとしても不愉快極まりないだろう。
それどころかメルヒェンは本当に行方不明。
という事は彼を攫った謎の人物が、自分を音楽の天使と称してふざけているのだ。
とんでもない侮辱にブラウは眉を潜め、地を這うような唸り声で訊ねる。

「君達でないなら、誰が書いた手紙だ」

二人が答える前にその場にまた新しい人物が介入してきた。
豪華なドレスを着こんだ雪白が従者を引き連れて大広間へとやってくる。

「あの男は何処!」
「出てきた」

最も厄介な人間の登場にエレフセウスがぼそりと言う。
昨日自分から出て行った癖に、彼女はハンニバルの成功に大変お怒りだ。
新しいプリマドンナの誕生と上演の大成功。
プリマドンナの座を奪われた雪白は怒りに顔を真っ赤にして癇癪を起していた。

「あのパトロンの男!あいつからこの手紙が!」

キィキィとヒステリックに叫びながら雪白は支配人二人を見る。
そしてその前にブラウがいる事に気付くとギロリと彼を睨みつけた。
突然の心当たりのない言葉にブラウは階段をかけあがってくる雪白に言う。

「僕じゃない」
「違うの?」
「違うさ!」
「本当にあんたじゃない?」

手にしていた手紙を突きつけてくる雪白。
それを受け取ってブラウは文面に軽く目を通してから
周りの人間にも聞こえるように声をあげて文章を読み上げた。

「"歌手としての君の寿命は尽きた。メルヒェンが代わりに歌う。
 それを阻もうとすれば恐ろしい災難が君達に降りかかるだろう"」

侮辱の言葉に雪白がいらいらと怒りに顔を歪ませている。
しん、と静まり返った沈黙を破ったのは疲れきったエレフセウスのため息だった。

「何通もの手紙…もう俺はうんざりだ!
 此処に来てからメルヒェンの事ばかりで堪ったもんじゃない!」
「メルヒェンが戻ってきました」

突然聞こえてきた声に全員が振りかえった。
階段下にはソフィと娘のエリーザベトが立っている。
作品名:こんなかんじ2 作家名:えだまめ