優しい炎
迷子になった。
引越してきたばかりで土地勘がないのも当たり前。ふらふらと彷徨った自分が悪い。だんだんと黒に染まっていく空と、ちかちかと不規則に点滅する電灯が鬱陶しい。一見どこにでもある住宅街だが、余所者を受け入れまいとしんと静まり返っている。アーデルハイトに迎えに来てもらおうとポケットに手を伸ばすが、そこにはあるはずの携帯電話がない。八方塞がりだった。方向音痴というスキルも持っている自分が、めちゃくちゃに歩いたって状況は変わらない。道の脇に座り込むが、待てども待てども通行人はやってこない。
きっとものすごく仲間たちが心配しているんだろうなと考えた。優しくて強い彼らが自慢だった。アーデルハイトの指揮のもと、街を駆け巡っている仲間たちを想像して、それからもう一人心配しているだろう人物に思い当たった。なんと彼はオレンジ色の炎を宿して、僕のことを「友だち」だと言ってくれたのだ。「同じ」だと、「オレも駄目なんだ」と笑って言ってくれた。
実際はきっと僕と彼は同じじゃない。彼ほどに僕は明るくはいられない。卑屈で根暗で、人の親切もそうは思えなくて裏の裏のさらに裏まで疑い、そして砂粒ほどだって人を信用しない。なのに彼は、いくらでも嘘偽りを込めることができる言葉だけで簡単に人を信じようとする。世界の闇を見てきた自分とは似ても似つかない。
思考をやめて、空を見上げる。日が落ちたのはずっと昔のことで、今は月と星が出ている。もっとも、その頼りにしたい月明かりも今はぶ厚い雲に隠れて見えないが。のどの渇きを感じる。空腹も感じる。でもそれは自分にとって慣れ親しんだものだ。飢えも渇きもずっと昔から寄り添っていた。寒さも孤独も、彼が持っていないものは全て自分には常にあった。
ゆっくりと目を閉じて、それからどれくらい経っただろうか。「エンマ君」と仲間のうちの誰でもない声で名前を呼ばれた。薄く目を開くとなんとツナ君がいた。傍らにはツナ君んちのネコもいる。
「エンマ君・・・!捜したよ!迷子になったの?」
「・・・・・・ツナ君?なんで、」
「ああ、えっとね。ナッツがこのへん散歩してたらしく、そしたら何か見つけたらしくって何事かと思って来てみたら、捜してたエンマ君に会えて」
「捜してくれてたの」
「当たり前だよ!シモンの人たちが大慌てでうちに来て、それからオレも心当たりを捜してたんだよ」
ナッツのお手柄だとひどく安心したようすで言った。さあ、帰ろうと伸ばしてくれた手に縋りつきながら、ありがとうと言った。ぼそぼそとした声だったが、どうやら彼はちゃんと聞き取ってくれたらしく、本当によかったと笑った。
その笑顔はただただ僕の心臓を灼いて、こんなにも残酷な笑顔はきっと他にはないだろうと思った。