プロポーズ
望美と譲が、元の世界に戻って、
初めての夏が訪れた。
譲は2年生、望美は3年生にそれぞれ進級していた。
譲は、異世界で怨霊相手に磨いた弓の腕が認められ、弓道部次期部長になることが決まった。
インターハイ予選も近いはずが、望美の受験勉強を「しっかり見届けなくては気が済まない・・・」
といつものクセで心配し、一緒に図書館に通ったりする生活を送っていた。
「ねえ、譲くん。」
「どうかしましたか・・・? 先輩。」
不意に呼びかけられ、望美の顔を見下ろして、
譲は答える。
だが、彼の眼に映ったのは、口を尖らせる寸前の恋人の顔だった。
「もう・・・私の名前は、望美・・・でしょ? 敬語じゃなくっても、いいんじゃない?」
元の世界へ戻って半年以上経つものの、譲は、
望美に対して「先輩」という呼び名、敬語を完全に脱出するには至っていない。
望美も、切り替えが苦手な彼には、
とても困難なお願い事であることを重々承知していた。
簡単に変わらない譲を、愛おしいと思いながらも、ふと出る「先輩」という言葉に、
どこかで、寂しさや疎外感を感じてしまっていた。
これが何度か続くと、つい、嫌味な反応にもなってしまうのだ。
「ああ・・・。すみません。」
結局、ふくれる望美に、譲は、敬語で謝るハメになり、
弁解するように、そっと隣にある望美の左手を取って歩く。
「あのね、受験生だし、遊んでいたらダメなのはわかってるんだけどさ。
花火大会ぐらいは、一緒に行きたいよね?」
「あ・・・ああ。 ・・・そうだね。」
こんな他愛もない恋人とのやりとりすら、譲にとっては、
いまだに、言葉を選ぶのに、緊張と努力すら必要とするのだ。
満足げに望美は、笑顔を見せた。
「楽しみだなぁ。異世界へ行った時には、もう、
花火なんて、二度と見れないのかも? なんて思っちゃったけど・・・。」
にこにこと微笑む望美の横で、譲の顔は浮かなかった。
譲は、「花火」という言葉を耳にし、
正直言って忘れたいぐらい嫌な過去を思い出していた。
(花火大会・・・か。)
**************
小学校の頃に、両方の母親たちがリビングでおしゃべりに興じている間に、
こっそり母の財布を拝借して、兄将臣と望美の3人で夜店に繰り出したことがある。
兄の将臣は、夜店の屋台で望美が欲しいといった指輪を買い与えて、
それを、さっと彼女の左手の薬指にはめた、という衝撃的な出来事があった。
(望美は俺のものだ。おまえには、渡さない)
そういった、牽制ともとれる兄の行動に、弟の譲は、
嫉妬心と、ライバル心を燃やし続けて来た。
その5年後である去年の花火大会での出来事も、
譲には、昨日のことのようだった。
「あ、りんご飴だ! 私、買ってくるね!」
浴衣姿の望美が、はしゃいで夜店の人ごみに消えていくのを見送った直後のこと。
暑いはずの、夏の夜の空気が、凍りついた。
「望美のこと・・・好きなんだよな?譲。」
とさらっと切り出したのは、将臣のほうだった。
「・・・兄さん。いきなり、こんなとこで、何を言い出すんだ?」
「昔から、おかしいぐらいに望美に甘いんだよ、お前は。
そんだけ、あいつに”べた惚れ”ってことなんだよな?」
図星を差されて、一瞬、言葉を失う。
「・・・だったら・・・どうだって言うんだ?」
譲は、ひらきなおったように、答えた。
「なら、俺は、宣戦布告するっきゃないってことだな。お前に。」
余裕すら感じる笑みをたたえ、将臣は振り返り、譲を見据えた。
「・・・兄さん。」
将臣の覚悟を見たようで、譲は思わず目を逸らす。
「昔っから、おもちゃも、服も、おやつも、いつもお前と半分こだったよな・・・。
でも、望美だけは、2つに割るわけにはいかないことぐらい、わかるだろ?」
「・・・そりゃあ、そうだ。 俺だって、いつまでも
自分の気持ちを押し殺しているつもりは・・・ないよ。兄さん。」
兄と目を合わすことこそないが、自分の思いと決意をきっちり伝える必要を感じた。
ふと望美の様子に目をやると、ようやく小銭と引き換えに、りんご飴を手にしているところだった。
「上等だな。」
将臣は、満足げに笑い返した。
「んじゃ、そういうことで、これからは、正々堂々と勝負しようぜ?」
「・・・わかった。」
「今日、俺がお前に確認したかったのは、そんだけだ。
選ぶのは、あいつだ。・・・あくまでもな。」
「・・・・・・。」
その時、ぱたぱたと、りんご飴を手に、
2人にむかってくる草履の足音が聞こえた。
「ごめんごめ〜ん。待った? ・・・あれ? 二人ともどうしたの?」
望美は、いつもに無い二人の空気の重さに気づきながらも、
その日何も聞き出すことは、出来なかった。
**********
「ねえ、譲くんてば!」
「え・・・?」
譲は、愛しい声に、はっとした。
「どうしたの? 何だかずっと考え込んでいたみたいだったけど。」
「あ、ああ・・・ごめん、何でもないんだ。」
どうやら、昨年の花火大会のことを思い出していたら、意識が飛んでいたらしい。
とっさに譲は逃げたが、今日の望美はごまかされなかった。
「どうして?・・・何でもないなんて顔、してないよ。」
望美は、ぐっと譲の腕にしがみついて、顔を覗き込んだ。
「・・・ごめん。ちょっと、兄さんのことを、思い出したから・・・。
よく3人で花火を見に行っただろう? それで・・・。」
別世界に残った将臣のことが、いまだに辛く思い出されるのは、
2人とも同じだった。
「あ、そっか・・・ごめんね、譲くん。私、無神経だったね。」
表情が曇る望美に、譲は、あわてて言った。
「いや・・・俺こそ、悪かった。」
そっと望美を抱き寄せ、言葉を続けた。
「・・・行こうか。 あなたが望むのなら。」
*****************
花火大会当日・・・・
背中を押され、転びそうになる望美を支えながら、
譲は気遣いながら、ゆっくりと歩いた。
望美の浴衣姿は幼い頃から見慣れているとは言っても、
今年は、とても特別に思えた。
「ねえねえ、譲くん。今年は、どこで見ようか?
どこも人がいっぱいだし・・・ベストスポットとかないのかな?」
話しかけられた譲は、咄嗟に、問いかけに対する答えを探す。
「そうだな・・・夜店から離れたら、少しは人も少ないし、
ちょっと家の北のほうへ、歩いてみようか。」
「うん。」
望美と手をつないで歩くことは、
こちらへ帰ってきてから、結構な回数繰り返しているはずなのに、
譲は、いつも以上に自分の鼓動が高鳴っているように思われてならなかった。
(「反則」なくらい、かわいい・・・よく似合っている)
そんな風に、ふと感じた。
言葉少なな譲に、望美は、ふと手を離した。
「どうしたの?譲くん・・・ひょっとして、私、また無理させちゃったのかな?
私が、“よく見れるとこがいい”とか言い出しちゃったから・・・」
と、うろたえながら、年下の恋人を気遣った。
「いや、そうじゃないんだ。その・・・
浴衣が、とても似合っていて、すごくかわいいなって・・・」
望美も、この言葉にどきんとして、顔を赤らめた。
初めての夏が訪れた。
譲は2年生、望美は3年生にそれぞれ進級していた。
譲は、異世界で怨霊相手に磨いた弓の腕が認められ、弓道部次期部長になることが決まった。
インターハイ予選も近いはずが、望美の受験勉強を「しっかり見届けなくては気が済まない・・・」
といつものクセで心配し、一緒に図書館に通ったりする生活を送っていた。
「ねえ、譲くん。」
「どうかしましたか・・・? 先輩。」
不意に呼びかけられ、望美の顔を見下ろして、
譲は答える。
だが、彼の眼に映ったのは、口を尖らせる寸前の恋人の顔だった。
「もう・・・私の名前は、望美・・・でしょ? 敬語じゃなくっても、いいんじゃない?」
元の世界へ戻って半年以上経つものの、譲は、
望美に対して「先輩」という呼び名、敬語を完全に脱出するには至っていない。
望美も、切り替えが苦手な彼には、
とても困難なお願い事であることを重々承知していた。
簡単に変わらない譲を、愛おしいと思いながらも、ふと出る「先輩」という言葉に、
どこかで、寂しさや疎外感を感じてしまっていた。
これが何度か続くと、つい、嫌味な反応にもなってしまうのだ。
「ああ・・・。すみません。」
結局、ふくれる望美に、譲は、敬語で謝るハメになり、
弁解するように、そっと隣にある望美の左手を取って歩く。
「あのね、受験生だし、遊んでいたらダメなのはわかってるんだけどさ。
花火大会ぐらいは、一緒に行きたいよね?」
「あ・・・ああ。 ・・・そうだね。」
こんな他愛もない恋人とのやりとりすら、譲にとっては、
いまだに、言葉を選ぶのに、緊張と努力すら必要とするのだ。
満足げに望美は、笑顔を見せた。
「楽しみだなぁ。異世界へ行った時には、もう、
花火なんて、二度と見れないのかも? なんて思っちゃったけど・・・。」
にこにこと微笑む望美の横で、譲の顔は浮かなかった。
譲は、「花火」という言葉を耳にし、
正直言って忘れたいぐらい嫌な過去を思い出していた。
(花火大会・・・か。)
**************
小学校の頃に、両方の母親たちがリビングでおしゃべりに興じている間に、
こっそり母の財布を拝借して、兄将臣と望美の3人で夜店に繰り出したことがある。
兄の将臣は、夜店の屋台で望美が欲しいといった指輪を買い与えて、
それを、さっと彼女の左手の薬指にはめた、という衝撃的な出来事があった。
(望美は俺のものだ。おまえには、渡さない)
そういった、牽制ともとれる兄の行動に、弟の譲は、
嫉妬心と、ライバル心を燃やし続けて来た。
その5年後である去年の花火大会での出来事も、
譲には、昨日のことのようだった。
「あ、りんご飴だ! 私、買ってくるね!」
浴衣姿の望美が、はしゃいで夜店の人ごみに消えていくのを見送った直後のこと。
暑いはずの、夏の夜の空気が、凍りついた。
「望美のこと・・・好きなんだよな?譲。」
とさらっと切り出したのは、将臣のほうだった。
「・・・兄さん。いきなり、こんなとこで、何を言い出すんだ?」
「昔から、おかしいぐらいに望美に甘いんだよ、お前は。
そんだけ、あいつに”べた惚れ”ってことなんだよな?」
図星を差されて、一瞬、言葉を失う。
「・・・だったら・・・どうだって言うんだ?」
譲は、ひらきなおったように、答えた。
「なら、俺は、宣戦布告するっきゃないってことだな。お前に。」
余裕すら感じる笑みをたたえ、将臣は振り返り、譲を見据えた。
「・・・兄さん。」
将臣の覚悟を見たようで、譲は思わず目を逸らす。
「昔っから、おもちゃも、服も、おやつも、いつもお前と半分こだったよな・・・。
でも、望美だけは、2つに割るわけにはいかないことぐらい、わかるだろ?」
「・・・そりゃあ、そうだ。 俺だって、いつまでも
自分の気持ちを押し殺しているつもりは・・・ないよ。兄さん。」
兄と目を合わすことこそないが、自分の思いと決意をきっちり伝える必要を感じた。
ふと望美の様子に目をやると、ようやく小銭と引き換えに、りんご飴を手にしているところだった。
「上等だな。」
将臣は、満足げに笑い返した。
「んじゃ、そういうことで、これからは、正々堂々と勝負しようぜ?」
「・・・わかった。」
「今日、俺がお前に確認したかったのは、そんだけだ。
選ぶのは、あいつだ。・・・あくまでもな。」
「・・・・・・。」
その時、ぱたぱたと、りんご飴を手に、
2人にむかってくる草履の足音が聞こえた。
「ごめんごめ〜ん。待った? ・・・あれ? 二人ともどうしたの?」
望美は、いつもに無い二人の空気の重さに気づきながらも、
その日何も聞き出すことは、出来なかった。
**********
「ねえ、譲くんてば!」
「え・・・?」
譲は、愛しい声に、はっとした。
「どうしたの? 何だかずっと考え込んでいたみたいだったけど。」
「あ、ああ・・・ごめん、何でもないんだ。」
どうやら、昨年の花火大会のことを思い出していたら、意識が飛んでいたらしい。
とっさに譲は逃げたが、今日の望美はごまかされなかった。
「どうして?・・・何でもないなんて顔、してないよ。」
望美は、ぐっと譲の腕にしがみついて、顔を覗き込んだ。
「・・・ごめん。ちょっと、兄さんのことを、思い出したから・・・。
よく3人で花火を見に行っただろう? それで・・・。」
別世界に残った将臣のことが、いまだに辛く思い出されるのは、
2人とも同じだった。
「あ、そっか・・・ごめんね、譲くん。私、無神経だったね。」
表情が曇る望美に、譲は、あわてて言った。
「いや・・・俺こそ、悪かった。」
そっと望美を抱き寄せ、言葉を続けた。
「・・・行こうか。 あなたが望むのなら。」
*****************
花火大会当日・・・・
背中を押され、転びそうになる望美を支えながら、
譲は気遣いながら、ゆっくりと歩いた。
望美の浴衣姿は幼い頃から見慣れているとは言っても、
今年は、とても特別に思えた。
「ねえねえ、譲くん。今年は、どこで見ようか?
どこも人がいっぱいだし・・・ベストスポットとかないのかな?」
話しかけられた譲は、咄嗟に、問いかけに対する答えを探す。
「そうだな・・・夜店から離れたら、少しは人も少ないし、
ちょっと家の北のほうへ、歩いてみようか。」
「うん。」
望美と手をつないで歩くことは、
こちらへ帰ってきてから、結構な回数繰り返しているはずなのに、
譲は、いつも以上に自分の鼓動が高鳴っているように思われてならなかった。
(「反則」なくらい、かわいい・・・よく似合っている)
そんな風に、ふと感じた。
言葉少なな譲に、望美は、ふと手を離した。
「どうしたの?譲くん・・・ひょっとして、私、また無理させちゃったのかな?
私が、“よく見れるとこがいい”とか言い出しちゃったから・・・」
と、うろたえながら、年下の恋人を気遣った。
「いや、そうじゃないんだ。その・・・
浴衣が、とても似合っていて、すごくかわいいなって・・・」
望美も、この言葉にどきんとして、顔を赤らめた。