プロポーズ
「あ、そ、そうかな・・・? ありがとう。 頑張って着たかいがあったね。」
望美は、恥ずかしそうに微笑む。
毎年見て来たはずなのに、そんな表情も、譲には愛しくてたまらなかった。
その時。
ドン、ドン、と、花火は音を立てて、宙に上がった。
「・・・始まったみたいだな。」
「急いで、見る場所を探さないとね・・・あ、あれ。」
望美は、ふと、前方に見えた高台の公園のベンチを指した。
夜店の立ち並ぶ神社付近とは、正反対の方向にあるためか、
不思議なことに、誰も座っていなかった。
「ねえ、あそこなら、見晴らしも良さそうだし、ゆっくり座って見れそうだよ?」
この無邪気な望美の表情にいつも、譲は勝てないのだ。
「・・・じゃあ、そうしようか。」
昼間の日差しが強かったためか、まだ温かいベンチに、
海の方面を向いて2人で腰を下ろす。
「やっぱり、よく見えるよ! お店はないけど、もしかして、ここって穴場だよね? 譲くん。」
すっかり大興奮の望美だが、
(何故今まで、誰もここに気づかないのかが不思議だ・・・。)
譲は、この偶然さえ、不可思議に思えた。
「きれ〜い・・・」
うっとりと大輪を咲かせる花火を眺める望美を、譲は、
右腕でそっと抱き寄せた。
(花火よりも、あなたのほうが、ずっときれい・・・だ。)
声にならず、心で呟いていた。
「・・・譲くん?」
「今から、10数える間、目を閉じていてもらえないか?」
「え?今? ・・・じゃ、こうかな? 1、2・・・」
(2人で花火を見てるのに、いきなり何?)
意味のわからないまま、望美は、そのまま目を閉じた。
譲はポケットから取り出したものを、
そっと望美の左手薬指にはめた。
「えっ、何?」
不意に譲の熱い呼吸が唇から伝わり、望美の問いかけは遮られた。
「ん・・・譲くん・・・」
強く抱き寄せられて驚きながらも、戸惑いは甘い口づけに押し流された。
二人の唇がようやく離れ、
「もう、いいよ」
と譲は、短く言った。
目を開けた望美は自分の左手を見て驚いた。
シルバーのリングが、外灯に照らされて、キラキラと光っていた。
「譲くん・・・これって・・・」
手の込んだ彫り込みがデザインされているが、
こんな市販品は見たことがない。
「俺が作ったんだ。・・・あなたのために。」
いつも、ごちそうを作って振舞ってくれる時の譲が見せるのとは、
また違う、恥じらいの交じった笑顔があった。
「え? 作ったって、どうやって? すごい・・・」
「アートクレイシルバーを応用したら、簡単だった。 リズ先生は、
彫金とかも知っていたから、異世界でこっそり教わってたんだ・・・。
いつか、あなたに、指輪を作って渡したいと思っていた。・・・あの時から。」
望美は、譲の言葉に、嬉しさを噛みしめた。
「譲くん・・・」
実は・・・とバツの悪そうな表情を浮かべて、譲は続けた。
「小学校の時に兄さんが、あなたに夜店で売っていた指輪を買ったのを、
どうしても忘れられなくて・・・あの記憶を断ち切れなくて、ずっと苦しかった。
あなたが、いつまでもあの夜のことを覚えていて、
いつまでも兄さんのことを、思っているようなそんな気がして・・・」
望美は、ぶんぶんと首を振って全否定した。
「そんな・・・そんなことないよ。あの夜のことは、確かに本当の出来事だけど、
でも、私の気持ちは、譲くんのものだよ。だから、今一緒にいるんだと思う。
譲くんと一緒にいることを、私は選択したから、元の世界に戻って、今ここにいるんだよ・・・ね?」
譲は、安堵したような表情を浮かべ、顔を赤らめる。
「そ、そう・・・だな。あなたの気持ちを疑ったわけじゃないけど、
つい、不安になってしまって・・・。俺の悪い癖だな。」
ようやく、譲にも、笑顔が戻ってきて、望美は嬉しかった。
「うふふ・・・本当に嬉しいよ、この指輪! ありがとう。とってもかわいいし。」
「あなたが、気に入ってくれたら、いいんだけどな。」
「うん、気に入ったよ! ずっと、大事にするね・・・」
左手の指輪を見つめては、にこにこと満足げな望美が愛しい・・・
譲は、いきなり真剣な表情で話し始める。
「その指輪には、俺は、ずっと・・・あなたを、
そばで守り続けたい。卒業しても、どういう状況になっても、
離れたくない。あなたと生きていたい。そんな決意を込めたつもりなんだ。」
「譲くん・・・」
「だから、あなたも、そのつもりで、受け取って欲しい。
その・・・婚約指輪として。」
「婚約指輪」という言葉に、望美は、かぁぁっと顔を赤らめた。
「え?・・・あ、い、いいのかなぁ、私で・・・?
料理ちっとも美味く出来ないし、しっかりしてないし。
奥さんの条件としては、あんまり良くないね? 私って。
譲くんに、何かと迷惑かかっちゃいそう。」
赤らんだ顔を隠すように、一生懸命望美はごまかす。
「あなたが、俺にとって迷惑な存在になることなんて、ありえない。」
気付くと望美は、再度譲の腕の中に強く抱きしめられていた。
「あなたを愛してる・・・結婚して欲しい。」
驚きと喜びが入り混じって、望美の瞳は、涙に潤んでいた。
「はい。喜んで。」
照れ笑いしながら、小さな声で答えた。
二人は、いつの間にか、
花火大会が終わったことにも、しばらく気づけなかった。