rose'~prologue~
軽く、ヒューズが言葉を飛ばし、ロイの向かい側に腰を降ろした。
アルとアームストロングもそれに続く。
「で?どうした?」
「は。それが…」
アームストロングはちらりとロイに視線を移した。
それに気付いたロイが、目の前に置かれた書類を手に取り、ヒューズに差し出す。
「ふぅん?」
一体何だと言うように書類に目を通したヒューズの顔色が、さぁっ、と変わった。
「何?」
ロイを見上げ、どうしたのかとエドが聞く。
ロイは一瞬言い澱んだが、思い直したように口を開いた。
「『ロゼ』の研究報告書だ。」
エドは目を見開き、ヒューズに視線を移した。
ヒューズは視線だけを上げ、エドを見ると、小さく言葉を紡いだ。
「…すまん…エド…お前の体…ずっとそのまま戻らねぇらしい…」
「えぇ?!」
その言葉にアルが驚愕の声を上げ、エドの頭の中は真っ白になった。
「いくら何でもそんな・・・!元の身体に戻るならともかく、女の子に生まれ変わっても・・・・・・」
言葉を勢い良く迸らせ、アルはがっくりと肩を落とした。
「女の子に生まれ変わっても・・・か・・・はは・・・そうだよな・・・」
あーあ・・・と、ヒューズは乾いた言葉を漏らした。
「…え?」
ヒューズの言葉の数秒後、エドは漸く聞き返し、ヒューズとロイを見比べる。
「…嘘だ…」
「残念ながら、本当だ。」
真っ直ぐロイに見詰められ、紡がれた言葉に。
エドは唯、呆然とするばかりだった。
ぼんやりと『ロゼ』の研究報告書をぱらぱらと捲っていたロイは、深く息を付き、ぱさりとテーブルの上に
報告書を放り投げた。
確かに、エドがあのままで居ればいいのにと思った。
しかしまさか、本当に戻らなくなるとは思っても居なかった。
「嬉しい筈だったのだがな…」
ぽつりと言葉を紡ぎ、再び息を付く。
かなり、複雑だ。
しかし…
ちらり、と、ロイはデスクの方に視線を移した。
いつもロイが座っている椅子に腰掛け、窓の桟に突っ伏すように、ぼんやりと外を眺めるエドの姿が映る。
エド本人が、一番複雑なのだと言う事は勿論解っている。
恐らく、今までの人生が遠い昔の物に感じられ、そしてその全てを否定されたような、そんな感覚に陥って
いるのだろう。
何か言葉を掛けてやりたいが、掛ける言葉が見付からない。
何度も言葉を紡ぎ掛け、その度に喉の奥でせき止めた。
ふぅ、と、何度目かの溜め息を付いた時。
不意にエドがロイを振り返った。
その儚げな表情に、思わずロイはどきりとする。
エドの口が、ゆっくりと開かれる。
「大佐は…俺が元に戻らなくなったって解って…俺の事嫌いになったりとか…しない…?」
静かな口調で紡がれたその言葉を一瞬流し掛け、内容を把握するのに少々時間を要した。
「馬鹿な事を…!」
思わず立ち上がったロイは、そのままエドに歩み寄る。
「私が何時、そんな事を言った!」
横に立ったロイを、エドの瞳が見上げる。
その瞳は、何処か淋しさを含んでいるように見えた。
色々な事を、考えていたのだと。
その瞳を見たロイは理解した。
嫌われてしまったら、どうしよう。
恐らくそればかりを考えていたに違いない。
ロイの中から、憤りが流れて行く。
「君が男でも女でも、関係無いと言った事を忘れたか?今までの私達の関係を、君は否定するつもりなの
かね?君にそんな事を言われたら、私はどうすればいい・・・?」
エドは微かに瞳を伏せ、だって・・・、と、小さく言葉を漏らした。
「私は、君しかいらない。他の誰でも無い、君自身しか、だ。」
静かに、優しく。
そう紡げば、再びエドはゆぅるりと顔を上げた。
「・・・ほんとに・・・?」
「ああ。」
「ほんとに、ほんとに?」
「本当だとも。」
「絶対?」
「くどいな、君は。」
瞬間、ふわり、とエドの身体が動いた。
立ち上がったエドの腕が、ロイの首に回される。
「じゃあ責任、取って貰う。」
小さめに、エドが言葉を紡いだ。
「俺の身体、こんなにした責任、ちゃんと取って貰うから。」
顔を埋めた状態で紡がれた言葉に、恐らく恥ずかしくて顔を上げられないのだと把握する。
そして。
自分でこの結論を出したエドは、かなり辛かっただろう、と。
そう、理解した。
「心配せずとも責任を取る以上の事をしてやるさ。」
エドを抱き締め、ロイはそう、紡いだ。
「責任を取れと言ったのでは無かったのか?」
いつもの服に身を包み、トランクを手にしたエドに、面白く無さそうにロイが口を開いた。
「だって、それとこれとは別だもん。早く賢者の石を見つけてアルを元に戻してやらなきゃなんないし。」
それに、とエドは続けた。
「やっぱり、たまに帰って来る方が会えた時の嬉しさが大きいだろ?」
そう言ってエドは、にっ、と笑って見せた。
「それはそうだが・・・だが、だからと言ってこんなに早く発たなくてもいいだろう。」
もっと一緒に居られると思っていたのに。
「そんな顔、するなよ。」
ほんの少し、困ったような笑みを浮かべ。
エドはトランクを地面に置き、ロイの頬に手を添えた。
「いつだって、ちゃんと大佐の所に戻ってるだろ?」
「当たり前だ。」
ロイは添えられたエドの手を取り、そのままエドを自分の胸に引き寄せた。
「君の帰る場所は、ここなのだから。」
その言葉に、エドの腕がロイの背に回される。
ロイの腕の中でエドが何かを呟いたが、汽笛の音に掻き消された。
顔を上げ、にっこりと微笑んだエドに、ロイはほんの少し身を屈め優しく口付けた。
「・・・本当に・・・もう少し留まる気は無いのか・・・?」
唇を離し、拗ねた子供のように、再びロイが口を開く。
くす、と、エドが笑みを漏らした。
「くどいよ、大佐。」
その言葉に、ほんの少しロイの表情に落胆の色が見えた。
「・・・黙ってようと思ったのになぁ・・・」
仕方が無いと言ったように、息を付く。
「あのさ、大佐。俺、これからリゼンブールに行こうと思ってるんだ。」
「リゼンブールに?」
うん、と、頷いて見せ、エドは言葉を続けた。
「機械鎧を、換えて貰おうと思って。今のこれ、前の身体に合わせてあるからさ。ちょっとゴツいんだ。
もう一度、うちの整備士に作り直して貰わなきゃなんないしさ。」
そうして一度言葉を切る。
「そしたら・・・もっと・・・ちゃんとすっきりするだろ・・・?」
気持ちの整理を、付ける為に。
だから早く、機械鎧を換えに行くのだと、エドは言った。
「そうか・・・」
エドの言葉に漸く納得したロイが、エドを離した。
「大丈夫だよ。世界中の、何処にいたってちゃんと大佐の事、想ってるから。」
ほんの少し、頬を染めながら。
「だから淋しがるなよ。」
にっこりと、エドは微笑んだ。
「兄さん!汽車出ちゃうよ!」
「うわ!いけねっ!」
不意に、後ろの方で聞こえたアルの声に、慌ててエドは荷物を持って走り出す。
汽車に飛び込み、ロイを振り返り。
「ちゃんと、大佐の隣、空けといてよね!」
作品名:rose'~prologue~ 作家名:ゆの