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【別れの理由】
「えっ、二人って付き合ってたの?」
公麿が微笑む宣野座と、苦い表情の三國を交互に見比べて叫んだ。
「昔の話だ」
「まあね」
終始にこやかに楽しげですらある宣野座に対し、三國は苦悶の表情を浮かべている。
「で、今は別れたの?」
「ああ、そうだ」
大人の関係というのはよく判らないが、そういう前提があったのだとすればこうして顔を合わせることは気まずくはないのだろうか、既に三國からはそれが伺えるが宣野座の様子に変化はない。
「気まずくね?」
「終わった話だからね、もう」
それには三國も頷いていた。そんなモノなのだろうか、どんな理由があったのかは判らないが、二人の間で盛り上がっていたことが確かならば遺恨は残らないだろうか、それともその割り切り方が大人の関係だと言うのだろうか、判らない。
彼の間に芽生えた炎は、鎮火した後も燻ったり身を焦がすことはなかったのだろうか。もし、自分が三國と別れることになったら、その後も三國と対峙することが出来るのだろうか、爽やかに微笑む宣野座の顔を公麿は見上げていた。
いったい彼等はどんな別れ方をしたのか、気になってきた。
「あのさ、なんで別れたの?」
それを聞くことを少しは憚ったが、好奇心には敵わなかった。なによりも、余りにも二人のさっぱりとした態度から平気だろうと判断した。
「食の不一致だ」
「食? 性とかじゃなくて?」
聞き慣れない言葉に思わず聞き返せば、宣野座が口を開いた。
「そっちの方はむしろ相性良かったんだよね、セックス」
ウィンクするその美しい顔に、公麿は一瞬硬直してしまった。
「で、なにがあったんですか? 食って……」
味覚でも違っていたのだろうかと思ったが、三國は眉間に皺を寄せた渋い表情のままでこう語り始めた。
「この男が手料理を作ると言ったんだ、あの日……」
「そうそう、三國さん嬉しそうにしてたよね~」
初めて三國にカップ麺を作ってあげた時も、いやお湯を注ぐだけの行動が料理に値するかは判らないが、嬉しそうにしていたのを思い出し彼がまったく変わらないことが嬉しくもあり、すこしもやっとした。
「それで『沢山作っていいかな?』と言うから、俺は良いと言ったんだ……」
その後、大きく溜息をつき口を塞いだ三國に変わって宣野座が話しはじめた。
「だって沢山食べて欲しいだろう、好きな人にはさ、あ、当時ね」
さらっと付け加える宣野座の表情には悪びれたものもなく、実にあっさりとしている。
「それでな、俺が帰ったら料理が出来ていたんだ……」
まるで宣野座の言葉を遮るように話し始めた三國からは、少しだけ焦りの色が溢れていた。
「カレーライスと、豚汁、共に二百人分のな」
「はぁ?」
今でも思い出すだけでおぞましいと、がっくりと肩を下ろす三國の横顔はどこかやつれているようにも見える。対する宣野座はキラキラとそんな三國を笑っている。
「あの頃の僕はさ、多人数用の料理しか作れなかったんだよ。したこと無かったしね」
「だから、割合を変えればいいと言ってるだろう」
「難しいんだよ。それに、何も出来ない貴方に言われたくないよねー」
言い争う彼等にこれが原因なのかと思わなくもないが、そんな些細なことなのかとも思うこともなくはない。だが、些細なことだからこそ、彼等は譲れなかったのだろう。
「だいたい、人が作った物に文句言うとかどうかしてるよ」
「作った物への文句はなかっただろう」
「へぇ~、美味しかった?」
「くっ……」
こうして彼等のやりとりを見ていると本当に別れたのだろうかとも思うが、同時に彼等の過去がそうであった証しでもある気がする。なによりも、自分はここまで三國対して言うことはまだ出来ない。
「でも、最近は二十人前くらいなら作れるようになったよ」
規模縮小ねと笑う宣野座にすかさず三國が、まだ多いと口を挟んでいる。確かに、まだ多い、その言葉に目の前にある寸胴から嫌な予感しか漂ってこなかった。
「これも……かよ?」
「うん」
満面の笑みで頷く宣野座の姿を公麿は見つめながら、嫌な予感が現実の物であると悟った。
「またやったのか……」
呆れた物言いの三國を睨みながら、宣野座は鍋を掻き回しながらこう補足した。
「冷凍しておけばいいしね」
その眩しい笑顔すら今の公麿には怒りの対象にしかならずに、小さく呟いた。
「光熱費って概念、知ってるか?」
ここは公麿の部屋、押しかけてきた長身男の二人には狭く、その小さなキッチンには男が三人詰まっていた。何故か食事を作ると押しかけてきた宣野座を帰すことも出来ずに受け入れたが、いや、受け入れさせられたが、あの時もっと強く出ていればそもそも三國を入れなければ良かったのだと後悔した。
「だから俺の家にくればいいだろう」
一緒に暮らさないかと甘く囁く顎髭に、そういう話じゃないからと制しながら大きく溜息をついた。
どうしてこんなことになったのだろう。
それでも、この奇妙な現状が楽しいと感じている自分に公麿自身が一番驚いていた。