天国北上
窓から射し込む春の陽に再びまどろみかけた意識を、頬を叩いて連れ戻し
ぎゅうとリュックサックを抱きかかえて自分の白いスニーカーを見つめる。
戦場。
人が殺しあう場所。
今から自分が向かう場所の、向うにあるもの。
そこには等しく死がありますか?
例えばこんな自分であっても。
20センチのスニーカーが白線を超える。
最初の誕生日から狂ってた方位磁石の指し示す方角へ。
いざ、希望溢れる「北」へ。
京都から東京へ。
天国行きの片道切符が、今、切られた。
……お師匠はん。
何だ。
手ぇ、火傷した。
だからどうした。
痛うおすなあ。
当たり前だ。
「当たり前だ」
無造作に転がった言葉が
瞼の内側にぶつかって弾ける。
見上げれば師の黒い瞳が自分を見下ろしていて
ばつが悪くなったから笑ってみると
馬鹿にしたように鼻で笑われた。
痛い。
拍子抜けするほど、痛い。
肉が焦げた匂い。
白くない右の手。
頬に当てると、心臓がちょっとだけ跳ねた。
ぽたん。
痛いから涙が出るんだろうか。
涙が出るから痛いんだろうか。
ぽたん。ぽたん。ぽたん。ぽたん。
視界の向う、手だったものの輪郭がぼやけてただの赤色になってく。
もうこの手は自分を否定しない。
生きているから死にたいんだろうか。
死ぬから生きていたいんだろうか。
思い通りにならないのは苦しくて
思い通りになっていくのは痛いけど
それでもよかったんだと思う。
だってこの手はこんなにも赤い。
傷つく痛みは、この手にある。
とりあえず医務室へ行こう。
少しお腹が減った。
多分しばらくは死にたくなったりしない。
多分。
たぶん、きっと。
たとえば
あなたにとってのあたりまえが
ぼくにとってのきせきだとしたら
あなたはやっぱりぼくをばかにしてくれますか
ぼくにとっての きせきだとしたら