撫でる/触る
触る
大学が休みの休日に、アルバイトとして通っている事務所の掃除。
掃除、と言ってもやることなんてほとんどない。
全て今はいないアンダインがやってくれたらしいから。
(でも芥辺さんがやれっていうんだよねぇ・・・)
不思議だなぁ、と思いつつも埃ひとつない棚を吹き終わり、
最後に芥辺にコーヒーを入れてデスクの上に置いた。
「お待たせしました」
「ん」
芥辺はひとつ頷いただけで、佐隈には視線もむけずコーヒーに口をつけた。
この人はいつもそうなので、佐隈も気にしない。
夕飯でも作っておこうかと思い、佐隈はキッチンに向かおうと芥辺から背を向ける。
「ねぇ、佐隈さん」
そんな芥辺が急に佐隈を呼び止めた。なんだろう、と思いながら芥辺の方を振り返る。
「はい?なんですか芥辺さん」
「手、貸して。あ、右手でいいよ」
芥辺は意地の悪そうな笑みを浮かべながら、右手をひらひらさせていた。
佐隈は引きつる頬を抑えながら、おそるおそる左手を差し出す。
「え、あ、はい」
芥辺の手が佐隈の手をつかみ、なぜか指をもまれ始める。
(いったい何がしたいんだろう・・・)
「ふぅん。分かった、うん、ありがとう」
けれど、佐隈が思っていた以上に芥辺の用はすんだらしい。
1分もしないうちに、佐隈の右手は離されもう行っていいよ、と言われてしまう。
「え、い、いえ・・・どういたしまして」
頭にいくつものクエスチョンマークを浮かべながら、
佐隈は自分の右手を抑えつつキッチンへと向かった。
「結局・・・芥辺さんは何がしたかったんだろう・・・・?」
「だいたい・・・9号かな・・・」
芥辺がつぶやいた言葉の意味を、佐隈が知るまであとちょっと。