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ロマンシングサガ3 カタリナ編 序章3

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宮廷内の空気が一変したのは、更にあくる日の夕刻頃であった。

 普段は気品に包まれた宮廷内が、戦場に漂う殺伐とした空気に包まれる。地下牢にまで聞こえてくる行軍の地響きと高らかな勝ち鬨に、カタリナは自らが動く時が来たことを確信した。

 すぐさま隠していた鍵を用いて地下牢の扉を開け放ち、牢屋の外へと出る。地響きから察するに、軍隊自体はまだ城下町にたどり着いたかついていないかといったところであろう。宮廷内から切り崩すには、これ以上ない最高のタイミングだ。

 去り際に、カタリナは自分の入っていた牢のすぐ隣の牢の中をみる。そこには、昨夜知り合ったポールと名乗る男がのん気に座敷に寝転がって眠っていた。結局明け方までしゃべり続けてしまったとはいえ、この喧騒でも起きないとは、意外にもこの男、大物かもしれない。

 特に声をかけるつもりはなかったので、代わりにカタリナは懐から取り出したタロットカードをポールの入っている牢屋の中においた。昨日の話の中で彼は故郷に恋人がいること、その恋人も占いに興味があったことなどを話していたので、特に自分ではこだわりがあるわけでもないものだから譲ってやるのも悪くないと思ったのだ。

 すぐに地下牢の入り口まで戻ってきたカタリナは、姿の見えぬ牢番を気にせず、すぐ脇の壺の奥から愛用の小剣を取り出した。

「よしよし、これで準備は万端・・・っと」

 埃を払うように軽く叩いて腰の定位置に小剣を差したところで、カタリナの耳に階段を急ぎ気味に駆け下りてくる足音が聞こえてきた。

 カタリナが其方を振り向くと、なんと先日自分を捕まえた兵士の一人がえらい形相で地下牢の入り口に飛び込んできたところであった。

「カ、カタリナ・・・!?なぜ牢から出ている!?・・・いいや、そんなことはどうだっていい!貴様、モニカ姫をどこにやった!!?」

 掴みかからんばかりの勢いで迫る兵士。若干後退してそれをかわしたカタリナは、どうやら冷静さを失っているらしいその兵士に向かって不敵に笑いかけた。

「あら・・・今更気がついたのね?本当に近づかないでいたことは褒めてあげましょう。約束を違えぬロアーヌの民らしくて、素敵よ・・・でも、もう手遅れね。モニカ様は既にミカエル様の陣営に合流しているわ」

「な・・・!」

 愕然とする兵士。心底おかしそうにそれを見つめたカタリナは、今度は逆に兵士に詰め寄りながら口を開いた。

「この戦、貴方達の負けよ。君主を違えた罪は、その身の破滅を以て贖うがいいわ」
「貴、貴様ぁぁぁぁぁっ!!」

 逆上した兵士が腰の剣を抜き放ってカタリナに切りかかる。しかし大上段の一振りは難なくカタリナにかわされ、空を切った。そこにすかさず回りこんだカタリナが、兵士の首筋へと手刀を放つ。

「がっ!?」

 あっけなく崩れ落ちる兵士を一瞥したカタリナは、それにかまうことなくすぐに階段を駆け上って行った。

(まずはモニカ様の部屋に戻って、身代わりの安否を確かめてあげないと・・・)

 流石にそのままにしておくのは拙かろうと思い、とりあえずカタリナは一階にでたらそのまま二階へと向かう階段に行こうとした。

 しかし、一階へと続く階段を上りきったところで、カタリナの足は止まってしまった。

「・・・・・・な、何が起こっているの・・・?」

 先ほどまでは感じなかった過剰なまでの違和感が、突如として宮廷内を包み込んでいた。

 確かに宮廷内の空気が普段と違うことは、地下牢にいる時点で察していた。だがいま感じているこれは、戦場の殺伐とした空気ではない。どちらかといえば、暗闇の中の陰鬱とした重苦しいような息苦しいような、そんな空気に似ている。

 周辺を見渡しても、風景自体はいつもの宮廷となんら変わりはない。しかし、決定的に肌に感じる空気そのものが違うのだ。

 いやな予感が頭をよぎったカタリナは、弾かれたようにその場から走り出した。

(この空気・・・あの時に似ている・・・。私が幼い頃に見た・・・そう・・・死蝕の時に感じた、あの空気に似ているんだ・・・)

 宮廷の中央部に近づくほどに、その違和感は体を突き刺すほどに強く感じられてきた。

 駄目だ、これ以上は進んではならない。体がそう訴えているにもかかわらず、カタリナは止まることをせずに走り続けた。

 そして、謁見の間へとたどり着いた。

「・・・・・・」

 無言でその扉を見上げる。

 重厚な創りのその扉の中から、確かに感じる。体全体が拒否反応を起こすほどの醜悪な空気の元凶の存在を。死蝕のときに感じた絶望感ほどではないにせよ、その時に感じた様々な良からぬ空気の中に、この感覚は確かにあったのだ。

 数瞬のためらいの後、カタリナは意を決して扉を押し開いた。重苦しくゆっくりと開く扉の中は、荘厳であり、威厳に満ちた空間だ。

「・・・・・・っ」

 そしてその空間の中に、在ってはならないものが在った。

「・・・ほう、てっきりミカエルが来たものかと思っておったが・・・。何をしに来たのだ、女よ。わざわざ喰われに来たのか?」

 カタリナが見つめる先、ロアーヌ侯爵専用に設えられたその玉座には、見るに耐えないほどのおぞましい姿をした悪鬼が鎮座していた。

「・・・何故・・・このような場所にいるの?ここはお前達の生活圏ではないはずよ。アビスの淵へと帰りなさい」

 カタリナは表情を強張らせ、正面から悪鬼を睨みつけた。
 いまや違和感は嫌悪感へと変わり、漂う空気は呼吸をすることさえ躊躇われるほどに瘴気に満ちているようだ。

「・・・くくく、生活圏だと?そんなものはお前たち人間が勝手に喚いているだけの話であろう。劣等種がぬけぬけと。わざわざこの我がお前たちに代わりここを支配してやろうというのだ。歓迎してみせよ」

「何を馬鹿なっ!・・・そもそも何故このタイミング・・・」

 そこまで言って、カタリナはようやく合点がついた。そもそも才気も無く、毛ほどの度胸も持ち合わせぬゴドウィン如きが突如の謀反ということ事態、頭から疑問に思うべきではなかったのか、と。

「・・・そうか、お前が今回の本当の黒幕というわけなのね。・・・それで、アビスに染められたおろかな男は、何処に?」

 その場から微動だにせず、カタリナは悪鬼に問いただした。悪鬼はそんなカタリナの態度がおかしかったのか、不快な笑い声を上げながら答える。

「くっくっく、胆の据わった女よ。・・・あの男ならば、とうに逃げ出したわ。今頃は我の同胞にでも食いちぎられていよう」

 事も無げに悪鬼が告げる。カタリナはそれを聞いてさも不快そうに眉をひそめたが、すぐに険しい表情に戻って一歩前に出た。

「・・・そう。では、そこをどきなさい」

 言葉と共に、腰の小剣を抜き放つ。同時に、悪鬼はその目を細めた。

「女よ。我に命令など」
「そこをどきなさい!」

 悪鬼の言葉を遮り、再び口を開いた。今度は謁見の間全体に響き渡るほどの声でだ。

「それこそは、聖王三傑のお一人にして初代ロアーヌ候であらせられるフェルディナント様が設えた、由緒ある玉座。お前如き醜悪な悪鬼が触れていい代物ではないわ」