世の中、何があるのか分からない
「――あれ?マルフォイ、なんでそこにいるの?」
クリスマスパーティで盛り上がっている省主催の貸切の会場を出て、中庭へと続く廊下の片隅に、黒いタキシード姿のドラコがうずくまっていた。
「五月蝿い、放っておいてくれ」
不機嫌な声でプイとそっぽを向かれる。
相手がぶっきら棒で、愛想のない態度はいつものことなので、ハリーにはどこ吹く風だ。
じろじろと無遠慮に、相手を見回す。
外は雪が降り積もっているほど寒いのに、ドラコは石で出来たチェアーにひとり、座り込んでいた。
もちろん、廊下までは暖房されていないから、この場所は凍えるほど冷たいのに、じっとして動こうとはしない。
「――誰かと待ち合わせ?」
「そんな訳ないだろ。いいから、さっさと去れよ」
うっとうしそうに、シッシッと手で払うような仕草をされる。
そんなことをされたら、余計ちょっかいを出したくなってしまうのが、ハリーの困った性分だ。
『去れ』と言われたら、逆に行動して相手を困らせ、からかおうとする。
しかも、ドラコは「あっちへ行け」と言うばかりで、自分からは動こうとはしない。
ツカツカと相手に近づき、座っている相手を見下ろすように観察すると、ドラコのスーツにはチラホラと雪が付いていた。
「なんで、雪?もしかして、君、まさかこの寒空に外へ出てたの?」
ドラコはむっつりと黙り込んで、それ以上喋ろうとはしない。
からだに付いた雪が溶けることなく、そのままということは、この場所も相当冷え込んでいるはずだ。
見るからに相手が寒そうなので、思わずその雪を手で払う。
まさか、いがみ合っている相手が、そんなことをするとは思ってもいなかったのか、ドラコは驚き、ビクリとからだを震わせた。
途端に「あっ!つっ……」と微かな悲鳴が上がる。
「──えっ?別にそんなに強くは叩いてないはずだけど……」
戸惑ったように、ハリーは相手から離れた。
眉間にシワを寄せてうめいている相手は、肩ではなく足首を押さえて震えている。
「――もしかして、足を挫いたの?捻挫とか?見せてみて」
屈みこむと有無を言わさず、ズボンのスソを少したくし上げる。
下ろしたソックスの下、白い足首が赤く腫れて熱を持っていた。
「……かなりひねっているみたいだね。ここ、痛いだろ?」
「痛くない!」
きっぱりと言い切られて、ハリーは笑ってしまいそうになる。
いつも、彼は昔から逆のことばかりを言って、反抗的だったけれども、それがまだ大人になった今でも続いているのが、ハリーにはおかしかった。
「でも、なんで雪?どうして外へ?」
廊下の端に目をやると、床から天井まで続いている大きな窓があり、そこが大きく開いて、濡れたような靴跡がずっとこちらまで続いている。
その跡が濡れているのはきっと、ドラコの靴底に付いた雪が落ちて溶けたものだろう。
「ただ家に帰ろうとしただけだ。うっとおしくて」
不機嫌にドラコは答える。
『うっとおしい』という言葉に、思わずハリーは失笑した。
なんだよ?!という鋭い瞳で、ドラコはジロリと相手をにらんだ。
「いや……、確かに、アレは僕が見ても、うっとおしそうだった。君は今さっきまで、山ほどたくさんの女性に囲まれていたからな。マルフォイ家の親曹司のステディを目指そうと虎視眈々と狙って、ものすごく火花が散っていたよなぁ」
うんうん、という感じで頷く。
ドラコはフンと鼻を鳴らした。
ネームバリューなら、ドラコより、魔法界を救ったハリー自身のほうが、断然有名人だった。
ハリーの場合はそれが大きすぎて、もしアプローチをかけて失敗したら、魔法界から爪弾きも覚悟しなければならないほどの大物なので、女性たちは遠巻きに見つめるばかりで、おいそれと気軽にアタックしてこないから、彼の日常はいたって平和なものだ。
しかし、ドラコの場合は、ハリーほど有名人ではないけれども、一応は大金持ちの御曹司だ。
しかも、生粋の純血で、妙齢な上に、非常にハンサムときているから、野心マンマンの女性たちが放っておく訳がない。
『美貌』と『地位』と『財力』を兼ね備えた王子様の、ダンスパートナーの位置を目指して、見苦しいばかりの、女の争いが勃発していた。
「見えない場所で肘鉄を食らわせて合って、少しでも、君に近付こうとする女の子たちの、つばぜり合いがものすごかった。あれは、下手なボクシングなんかより、真剣だったから、結構見ごたえがあったよ」
などと言って、ハリーがからかう。
銀色に近いブロンドを神経質にかき上げて、ふぅとため息をつくと、また「うんざりだ」と、ドラコは呟いた。
「あんなのを間近に見せられると、興ざめもいいところだ」
眉間にシワを寄せる。
「女性はうんざりだって?」
頬杖をついたまま、コクリと頷く。
「だったら、いっそ男性とかに走るのは?」
「もっとイヤだ」
即答で答える。
「だろうね」
ハリーも笑って同意した。
「自分がもし君の立場だったら、全く同じこと考えるよ。いつも正反対の意見ばかりなのに、今夜は珍しく同意見だ」
「同意見もなにも、女性がダメなら即男性に走るなんて、普通はそう考えないだろ。普通なら」
「んー……別にそれが普通って訳じゃないけどね。ほら、シェーマスっていただろ、僕のいたグリフィンドールに。つい先日結婚式を上げたよ、男と」
ドラコは驚いたように目を見開く。
「僕もシェーマスとは仲がよかったから参列したけど、チャペルウエディングでとても幸せそうだったよ。――まぁ、参列者にちょっと男性のカップルが多かったくらいで、あとはいたって普通の式だった」
「……男同士で結婚できるのか?」
「出来るよ。ただ、ふたりともスーツで、花嫁のドレス姿がなかったくらいで……って、あの場合どっちが花嫁だったんだろ?」
ハリーは笑いながら、「今度、聞いてみよう」などと呟く。
相手のくだらない用件に、またドラコはバカにしたように鼻を鳴らした。
「いやー、シェーマスって、学生の頃から結構遊んでいて、女の子の出入りも激しかったのに、結局落ち着いたのが男性のパートナーだって、この世の中、先に何があるのか分からないよなぁ」
ハリーはしみじみとした声で、うんうんと頷く。
「それは今も同じことかな。犬猿の仲の僕たちが顔を突き合わせて、話し込んでいるなんてさ。あー、珍しい!」
などと言うとハリーはドラコの膝下に腕を突っ込み、よいしょと抱え上げた。
ドラコは驚き、声を上げる。
「いいいっ、いったい何するんだ?離せ!」
「イヤだね!君は捻挫しているようだから、やさしい僕がパーティ会場まで連れて帰ってやるよ。きっと君を取り囲んで、女の子がドッと集まってくるし、「カワイソー」とか言っちゃって、看病しようとしてくれるよ。囲まれて、もみくちゃにされて、スーツを引っ張られて、髪もぐしゃぐしゃにされて、君はシッチャカメッチャカだな、きっと。足を捻挫しているうえに、そんなことをされて、カワイソー」
ハリーは嬉しそうに笑う。
「やめろ!下ろせ!僕を屋敷に帰らせろ!」
ドラコが腕の中で暴れる。
「ほらほら暴れると危ないから、落ち着いて。落ち着いて」
「うるさい!」
などと言いながら、傷付いていない足のほうで蹴り上げようとする。
クリスマスパーティで盛り上がっている省主催の貸切の会場を出て、中庭へと続く廊下の片隅に、黒いタキシード姿のドラコがうずくまっていた。
「五月蝿い、放っておいてくれ」
不機嫌な声でプイとそっぽを向かれる。
相手がぶっきら棒で、愛想のない態度はいつものことなので、ハリーにはどこ吹く風だ。
じろじろと無遠慮に、相手を見回す。
外は雪が降り積もっているほど寒いのに、ドラコは石で出来たチェアーにひとり、座り込んでいた。
もちろん、廊下までは暖房されていないから、この場所は凍えるほど冷たいのに、じっとして動こうとはしない。
「――誰かと待ち合わせ?」
「そんな訳ないだろ。いいから、さっさと去れよ」
うっとうしそうに、シッシッと手で払うような仕草をされる。
そんなことをされたら、余計ちょっかいを出したくなってしまうのが、ハリーの困った性分だ。
『去れ』と言われたら、逆に行動して相手を困らせ、からかおうとする。
しかも、ドラコは「あっちへ行け」と言うばかりで、自分からは動こうとはしない。
ツカツカと相手に近づき、座っている相手を見下ろすように観察すると、ドラコのスーツにはチラホラと雪が付いていた。
「なんで、雪?もしかして、君、まさかこの寒空に外へ出てたの?」
ドラコはむっつりと黙り込んで、それ以上喋ろうとはしない。
からだに付いた雪が溶けることなく、そのままということは、この場所も相当冷え込んでいるはずだ。
見るからに相手が寒そうなので、思わずその雪を手で払う。
まさか、いがみ合っている相手が、そんなことをするとは思ってもいなかったのか、ドラコは驚き、ビクリとからだを震わせた。
途端に「あっ!つっ……」と微かな悲鳴が上がる。
「──えっ?別にそんなに強くは叩いてないはずだけど……」
戸惑ったように、ハリーは相手から離れた。
眉間にシワを寄せてうめいている相手は、肩ではなく足首を押さえて震えている。
「――もしかして、足を挫いたの?捻挫とか?見せてみて」
屈みこむと有無を言わさず、ズボンのスソを少したくし上げる。
下ろしたソックスの下、白い足首が赤く腫れて熱を持っていた。
「……かなりひねっているみたいだね。ここ、痛いだろ?」
「痛くない!」
きっぱりと言い切られて、ハリーは笑ってしまいそうになる。
いつも、彼は昔から逆のことばかりを言って、反抗的だったけれども、それがまだ大人になった今でも続いているのが、ハリーにはおかしかった。
「でも、なんで雪?どうして外へ?」
廊下の端に目をやると、床から天井まで続いている大きな窓があり、そこが大きく開いて、濡れたような靴跡がずっとこちらまで続いている。
その跡が濡れているのはきっと、ドラコの靴底に付いた雪が落ちて溶けたものだろう。
「ただ家に帰ろうとしただけだ。うっとおしくて」
不機嫌にドラコは答える。
『うっとおしい』という言葉に、思わずハリーは失笑した。
なんだよ?!という鋭い瞳で、ドラコはジロリと相手をにらんだ。
「いや……、確かに、アレは僕が見ても、うっとおしそうだった。君は今さっきまで、山ほどたくさんの女性に囲まれていたからな。マルフォイ家の親曹司のステディを目指そうと虎視眈々と狙って、ものすごく火花が散っていたよなぁ」
うんうん、という感じで頷く。
ドラコはフンと鼻を鳴らした。
ネームバリューなら、ドラコより、魔法界を救ったハリー自身のほうが、断然有名人だった。
ハリーの場合はそれが大きすぎて、もしアプローチをかけて失敗したら、魔法界から爪弾きも覚悟しなければならないほどの大物なので、女性たちは遠巻きに見つめるばかりで、おいそれと気軽にアタックしてこないから、彼の日常はいたって平和なものだ。
しかし、ドラコの場合は、ハリーほど有名人ではないけれども、一応は大金持ちの御曹司だ。
しかも、生粋の純血で、妙齢な上に、非常にハンサムときているから、野心マンマンの女性たちが放っておく訳がない。
『美貌』と『地位』と『財力』を兼ね備えた王子様の、ダンスパートナーの位置を目指して、見苦しいばかりの、女の争いが勃発していた。
「見えない場所で肘鉄を食らわせて合って、少しでも、君に近付こうとする女の子たちの、つばぜり合いがものすごかった。あれは、下手なボクシングなんかより、真剣だったから、結構見ごたえがあったよ」
などと言って、ハリーがからかう。
銀色に近いブロンドを神経質にかき上げて、ふぅとため息をつくと、また「うんざりだ」と、ドラコは呟いた。
「あんなのを間近に見せられると、興ざめもいいところだ」
眉間にシワを寄せる。
「女性はうんざりだって?」
頬杖をついたまま、コクリと頷く。
「だったら、いっそ男性とかに走るのは?」
「もっとイヤだ」
即答で答える。
「だろうね」
ハリーも笑って同意した。
「自分がもし君の立場だったら、全く同じこと考えるよ。いつも正反対の意見ばかりなのに、今夜は珍しく同意見だ」
「同意見もなにも、女性がダメなら即男性に走るなんて、普通はそう考えないだろ。普通なら」
「んー……別にそれが普通って訳じゃないけどね。ほら、シェーマスっていただろ、僕のいたグリフィンドールに。つい先日結婚式を上げたよ、男と」
ドラコは驚いたように目を見開く。
「僕もシェーマスとは仲がよかったから参列したけど、チャペルウエディングでとても幸せそうだったよ。――まぁ、参列者にちょっと男性のカップルが多かったくらいで、あとはいたって普通の式だった」
「……男同士で結婚できるのか?」
「出来るよ。ただ、ふたりともスーツで、花嫁のドレス姿がなかったくらいで……って、あの場合どっちが花嫁だったんだろ?」
ハリーは笑いながら、「今度、聞いてみよう」などと呟く。
相手のくだらない用件に、またドラコはバカにしたように鼻を鳴らした。
「いやー、シェーマスって、学生の頃から結構遊んでいて、女の子の出入りも激しかったのに、結局落ち着いたのが男性のパートナーだって、この世の中、先に何があるのか分からないよなぁ」
ハリーはしみじみとした声で、うんうんと頷く。
「それは今も同じことかな。犬猿の仲の僕たちが顔を突き合わせて、話し込んでいるなんてさ。あー、珍しい!」
などと言うとハリーはドラコの膝下に腕を突っ込み、よいしょと抱え上げた。
ドラコは驚き、声を上げる。
「いいいっ、いったい何するんだ?離せ!」
「イヤだね!君は捻挫しているようだから、やさしい僕がパーティ会場まで連れて帰ってやるよ。きっと君を取り囲んで、女の子がドッと集まってくるし、「カワイソー」とか言っちゃって、看病しようとしてくれるよ。囲まれて、もみくちゃにされて、スーツを引っ張られて、髪もぐしゃぐしゃにされて、君はシッチャカメッチャカだな、きっと。足を捻挫しているうえに、そんなことをされて、カワイソー」
ハリーは嬉しそうに笑う。
「やめろ!下ろせ!僕を屋敷に帰らせろ!」
ドラコが腕の中で暴れる。
「ほらほら暴れると危ないから、落ち着いて。落ち着いて」
「うるさい!」
などと言いながら、傷付いていない足のほうで蹴り上げようとする。
作品名:世の中、何があるのか分からない 作家名:sabure