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驚異な好意

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顔を洗って、歯を磨いて、鞄から飛び出していた教科書や筆箱を入れ直し、準備が整った綱吉は朝食を食べる時間などあるはずがなく、皿の上に用意されていた食パンを口に銜えた状態のまま鞄を抱えて走り出す。
お行儀が悪いわよ!と綱吉の行動を窘めるビアンキの声が聞こえたが無視し、その後に聞こえた母のいってらっしゃいという言葉だけに返事して、玄関まで来た綱吉はふと立ち止まった。
(また嫌な予感がする)
起床時にも感じた脳内で響く警戒音、危険なことではないと勘が告げているが、ならばこの嫌な予感はなんなのだろう。
こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。
いずれは学校へ行かなければならないのだから、避けて通ることは不可能に近い。
(行く、しかないよなぁ)
靴を履いてドアノブに手を掛け、打つけた足首が疼いたことをなかったことにしてドアを開いた先には、有り得ない人物がいた。

「ひ、ひば、雲雀さん!?」
「何それ?人の名前はきちんと言うものだよ」
(貴方に言われたくはありませんよ!)

決して本人には言えない反論を綱吉は胸中でツッコミを入れつつ、後ろへ一歩下がった。
一体何をしに訪ねて来たのか分からず、綱吉はそっと窺うように雲雀を見上げる。
間違いなく雲雀である。並盛の魔王。並盛で最強最恐の不良、雲雀恭弥。
綱吉が姿を現すのを待っていたのか、門柱に背を預けていた雲雀は綱吉の前まで歩み寄って来た。
見慣れた学ランにサラサラの黒髪、鋭い眼光はいつも通りで、青みがかった漆黒に近い瞳は真っ直ぐに綱吉を見詰めている。
重なる瞳、道端で通り過ぎるだけでも恐ろしいというのに、じっくりと見下ろされて沈黙を保っているこの状況は更に恐ろしいことこの上ない。
未来では大変お世話になったし、厳しい性格は変わっていなかったが大人の余裕を身に付けたのか落ち着いて話すことも出来た。
けれど、それは大人の雲雀であって、目の前に佇んでいる雲雀恭弥ではない。
確かに未来で大人の雲雀と入れ替わった後も協力してくれて、以前よりは関わることも格段に増えて慣れてきたとはいえ、怖いものは怖いものだ。
関わることなんてしたくないし、目を合わせることすらも通常ならば誰もが避けたい心情である。

「あ、あの!今、学校に急ごうと思っていて!だから、ここで咬み殺さないでほしいというか………あ、リボーンに何かご用ですか?リボーンなら………っえ?」
「………赤ん坊じゃなくて、君だよ」

いつもならお気に入りらしいリボーンの居場所を聞いてくるから、今回もそうであろうと思ったのだが違うらしく、無表情であった顔が僅かに顰められた様子を視界に入れたと同時に左手首を握られた。
一体何がしたいのだろうか。
その意図が全く読めず困惑していると、握られた手首をぐいっと強く引っ張られた。

「わっ!」

不意を衝かれて前へ倒れそうになる綱吉の体を雲雀は支え、開いたままの玄関のドアを閉めると、今度はそのドアへ綱吉の体を押し付ける。
綱吉が気付いた時には顔の横に雲雀の手が置かれていて、背後にはドア、正面には雲雀といった非常に危険を感じさせる構図が出来上がっていた。
驚愕と困惑と恐怖と、少しの羞恥が組み合わされた何ともいえない表情を雲雀はじっくりと観察し、滑らかな頬を撫でるように触れる。
ビクッと一瞬だけ震えた体を無視し、雲雀はやっと口を開いた。

「……君って面白いよね」
「え……?」
「僕、君のことが気になって仕方がないんだ」
「あの…えっと……」
「こんな感情初めてなんだ。だから僕と付き合ってくれない?」
「………は!?ひ、雲雀さん、どうしちゃったんですか!?」

告げられた言葉の驚愕さに唖然としつつ、雲雀との近距離でなぜか羞恥に頬が紅潮していた綱吉の顔に、雲雀は身を屈めて更に顔を近付けさせる。
目の前の男がどんなに凶暴だとしても、恐怖もあるが憧憬を抱いている相手であり、同性でもときめいてしまうくらい容姿は極上なのだ。
告白に対して、恋情かどうか明確にしていないのに気になったからって理由だけで交際にまで発展するのかとか、その前に自分たちは同性同士だとか突っ込む余裕などあるはずはなく、更に顔を赤くさせた綱吉を雲雀は愉快そうに見詰めた。

「言っておくけど、君に拒否権はないからね。今日から君は僕のものだ」

聞いておいて強制なのか、なんて言えるはずもなく、初めて見るんじゃないだろうか、上機嫌に目元を緩ませた雲雀に綱吉は見惚れた。
最早告白されたとか、いつの間に雲雀のものになったのかとか、そんな話は綱吉の頭の中には既になく、だから雲雀の顔が止まることなく段々と近付いて、もう目の前にあると気付いた時には事が終わった後だった。
軽く響いたリップ音、そして唇に自分より低い温かさと柔らかな感触が離れる様を呆然と見送り、綱吉が反応したのはその数秒後。



「えぇぇぇぇ!!」

その日、穏やかな朝を切り裂くような悲鳴が並盛町全体に響き渡った。


作品名:驚異な好意 作家名:水越玲奈