三國さんち
Knights in the Night
ディール前の対戦場は快い緊張感に包まれていた。三國がカードを覗きこむと、そんな空気に感化されたのか、Qの目がぱちりと開かれている。正面から視線が合ってしまって、三國は思わず苦笑を浮かべた。
「姫」
かたわらのオーロールにちいさく呼びかければ、万事理解している有能なアセットは、きゅ、とちいさな手を握りしめる。さらに、Qがもう片方の手に握りしめたままであったミダスマネーを一枚抜き出すと、その口へと差し出す。すると、Qも食欲には勝てなかったのか、三國から視線をはずさないままに首を伸べて黒い紙幣へ食らいついた。
「おまえは、気に入ったものはないのか」
三國が告げた問いかけが己へと向けられたものと理解していなかったのか、三國がそちらを振り返るまでカカズズは動かなかった。ディールにそなえて一体のみ実体化したアセットは、表情を変えないままに困惑したようだった。ただ、三國がただそう感じただけであって、ほんとうはアセットにそんな感情があるのかはわからない。
忠実なアセットは、三國の問いかけを無視するようなこともない。さらに声にしないままに、どういうことかと問いかけてくる。
「Qはあのとおりミダスマネーに目がないし、姫はこちらの想像以上にQのことをかまうのがたのしいみたいだからな。だから、あとはおまえだけだ」
端的な三國の言葉に、カカズズが納得できたとは思えない。三國自身も言葉が不足していることはわかっていたうえに、アセットがはたして会話にどこまで価値を見いだしてくれているのかもわかっていない。
それでも、かたわらに立つアセットがひそやかにため息をもらしたように感じられたのは、三國の思いこみだとでもいうのだろうか。自分とかかわるようになって、アセットたちはずっと人間くさくなったと思うのは、うぬぼれではないはずだ。
『相も変わらず奇特なアントレプレナーでいらっしゃる』
「おれは、おれのアセットを甘やかしたいだけだ。そんな気持ちが奇特なものか」
三國がカカズズの言葉を笑い飛ばせば、またひとつかたわらで嘆息が落ちたように感じる。壮年の男性を模した姿が、そんな印象を持たせるのだろうか。どうも三國はこのアセットに対して、Qに対するものとはまた異なった感覚でからかいの言葉をかけたくなる。端的にいってしまえば、困らせてみたくなるのだ。まさに、いまこの瞬間のように、不自然な沈黙の時間をなるたけ長くつくりたくなる。
金融街でも指折りの実力とうたわれるアセットを相手にこんなことを考えるのはたしかに奇特なのかもしれないと、三國は無意識のうちに笑みを深くしていた。カードの向こうのQに対する態度も、たしかにほかのアントレプレナーとはかけ離れているかもしれない。寄り添うオーロールから渡されるままに素直に紙幣を頬張る姿を見ながら幾度もくりかえし思うのは、人間同士のように打算のない関係は想像以上に快いものであることだ。
三國と同じ光景を見ているはずのカカズズが、一歩進むのが気配でわかった。広い背中が視界のなかに入りこんでくる。どうやら対戦相手がやってきたらしい。そのときに聞こえたのは、低いつぶやきだった。
『私には不要です』
──いまの、これ以上は。
それは、想像以上の答えだった。おもわず三國はその背中を見つめ、ついで口元をおさえてちいさく噴きだした。ペットとまではいかないが、アセットもアントレに似てくるものなのかもしれない。快いと想うものが同じならば、それを守ろうと思う心も同じだろう。
さしずめ、少女と姫を守る騎士なのだ。彼も、自分も。
「いこう、カカズズ」
『御意』
高らかに開始の合図が響いた。