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三國さんち

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子守唄




 分刻みでスケジュールに追われる男も、休息が欲しくなるときがある。それは睡眠であるときもあれば、ひとりで過ごす時間であるときもある。そして時には、だれか他の存在が欲しくなる。そんなときには、三國はもっぱら金融街へ来るようにしていた。
 金融街は現実の時間とは無関係であり、スケジュールの合間をぬう必要がないため、時間に必要以上に追われないで済む。一秒に価値を見いだしていると、その一秒も無価値な無駄とはしたくない。それならば金融街に来ることも無駄と考える者もいるかもしれないが、三國にとってはこの行為は価値ある無駄なのだ。
 供とするのは、単行本一冊だけだ。それもビジネス書でもない、ただの娯楽小説だ。ふだんならば手に取る暇もないものだけを持って、三國はハイヤーを降りた。
 いつもの場所でカードを振って、三体とも呼び出す。ここならばギルドのメンバーでもそうやってくることはなく、ゆっくりとできるのだ。問いたげな三対の視線に笑って首を振れば、みな姿勢を戻して、好きに過ごしはじめる。幾度もくりかえしてきた三國の道楽に、アセットも慣れてしまったのだ。
 Qとオーロールが寄り添って座りこみ、そこから少しばかり離れた場所でカカズズが不動の体勢をとるなか、三國はおもむろに本を広げた。前回の区切りを見いだすと、ゆっくりと視線を紙面に滑らせはじめる。
 こんなとき、音楽を聞くとはなしに流す者も多い。三國もどちらかといえばそちらのほうの人間であるが、バンドをやめたときに聞くこともやめてしまっていた。未練がまったくなかったわけではないが、過去をいつまでも引きずるのも性にあわないのだ。
 それに、ここに音楽がないわけではない。じっと耳をすませていれば、「歌」が聞こえてくるのだ。
 その歌は、いつもQがうとうとしてくると聞こえてくる。実際には、その歌があるからこそ、Qに眠気が降りてくるのだ。いまもQの鹿に似た角がゆらゆらと揺れはじめるのが、視界のはしに見えた。
 「歌」はオーロールから聞こえてくる。しかし彼女が声をだして歌っているのではなく、その能力の発現が空気を震わせるのだ。Qがぼうとしてでも起きられているようなときの力の強さでは聞こえてこないが、Qの無意識の抵抗が弱まり、ふだんより少々強く能力が発現すると、このような声がもれ聞こえてくる。実際には声でもないのだろうが、細くなめらかに聞こえるそれはふしぎな音律をたどっているようにも聞こえるのだ。
 「歌」にあわせて、Qがこくりこくりと揺らぐ。その肩をそっと抱き寄せて、オーロールが手を握り直すのが見えた。Qも抗うことなく身を預けて、薄いまぶたを時折震わせている。そんな姿は、金融街一の実力を持つといわれるような存在には見えない。
 この「歌」と安らかな寝顔に、三國は充足感すら得た気になれるのだ。
 ふと三國が視線を転じれば、不動であるはずの巨躯がわずかに揺らいでいるように見えた。見間違いかとまばたきをしてみるが、やはりカカズズの身体にいつも張りつめている緊張感がない。人型の顔は目元から隠されているために表情をうかがい知ることはできないが、もしその下に目があったとしたら、Qと同じようにまぶたを下ろしているだろう。それほどにおだやかな雰囲気だった。
 思わず三國がちいさく笑みをもらせば、それに気がついたオーロールが顔をこちらに向けてくる。だがいまのこの瞬間を崩す気などない。しい、と唇に立てた人差し指をあてて、アセットにはこの意味が通じるのだろうかと考えながら、目を閉じた。


作品名:三國さんち 作家名:えむのすけ