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三國さんち

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永久に空腹




 カードを透かして見れば、不可視の存在がすぐそばにあることがわかる。金融街であってもアントレが呼び出さなければ実体化しないアセットは、まさに未来という形ないものの具現化であるのだろう。しかし彼らは彼らなりに不可視であることを享受しているようで、アントレと一定の距離を保ちながら個々の行動をとっているものだ。トビラから垣間見えるそんなものも、注目すればなかなかおもしろい。
 しかしいまとなっては、さらにそんなものに注意を払う者は少ないだろう。金融街の危機を知る者は逃げる手段を講じているだろうし、知らぬ者も三國が回した輪転機の様相になにかしらは感じ取っているはずだ。だが、その渦中の人物である三國は、ふとカードを透かして向こう側を見ていた。黄金色の瞳でもって覗きこめば、金融街の真実が眼前に広がる。以前Qが軋んでいるといった街は、変わらず存在しているようで、実は傾いていっている。その原因のひとつが自分であることなど、わかっているのだ。
 少々飽き飽きしてまばたきをすれば、すぐ近くの光景に戻る。オーロールとQが静かに身を寄せあっているが、その表情は険しい。戦闘の本能を持つ存在らしく、痛覚は等しく与えられているのだ。戦闘の際には状況のバロメーターとなる痛みも、現状では心苦しさを生むだけだ。
 自らの行動の結果の一部に三國は眉をわずかにしかめ、自然とカードを動かした。そして、探している自分に気がつく。
「……そうか、もう、いなかったな」
 意図して言葉にしなければ、すぐにまた忘れてしまいそうだった。三体をそばに置くようになってからの期間のほうがいつしか長くなり、ごく自然なこととなっていた。まるではじめからそうであったようというのは過言なのだろうが、あまりに慣れきっていたのだ。
「Q」
 虚空から目をそらし、カードを振る。瞬時に実体化した、まるで姉妹のように寄り添う二体のうちの一体に努めて明るく声をかけた。なぜそんな白々しいことをしたのかは、三國自身わからない。
 少女型のアセットはあいかわらず茫洋とした様子で、ゆっくりと視線を向けてきた。しかしふだんならば声にすぐ反応する、髪飾りのような羽根の動きが鈍い。やはりダメージは小さくないのだろう。
「いらないのか?」
 もはやいくらの価値があるのかもわからない紙幣をちらつかせれば、そこでやっとQは己の手に「おやつ」がないことに気がついたらしい。不思議そうに手のひらを眺め、ついでそれで薄い腹を撫でた。ふわりとスカートが揺らぐ。
「……いらないのです」
 あまりにめずらしい言葉に、三國は返事をためらった。Qは自分の空腹に対して遠慮をすることなどない素直さを持っていたため、三國からこのように声をかけて首を左右に振られたことなどなかったのだ。
 やはり具合が悪いのかと訊ねかけて、ぐ、と言葉を呑む。表情が読めないのはいつものことだが、その目は痛みの苦しみから拒否をしているのではないとわかる輝きを持っていた。はっきりとした意思が、そこにはある。
 Qのちいさく細い手はいまだ自らの腹をゆっくりと撫でていた。さするようにも見えるその動きは、どこか少女には不似合いだ。しかし、目が離せなかった。
「いらないのです」
 「そこ」にまだ「彼」がいるのか、もしくはいるままにしたいのか、Qの真意はわからない。しかし、もうQが紙幣を欲しがることはないのだろう。
 空腹を満たすものを感傷と呼んでもいのではないだろうかと、三國は虚空にため息を落とした。
作品名:三國さんち 作家名:えむのすけ