Activation of love /GundamOO
最後の講義が終わって、もうすぐ午後四時を迎えようとしていた。
今日は彼のアルバイト先を訪問する約束になっている。
「刹那……せつな……拙……切……」
彼の名前を反芻する。
なんだかちょっと儚くて幼くて、噛みしめると胸が苦しくなる名前。
「刹那・F・セイエイ……」
「なんだ」
わあああああああああっ!! 突然背後から声を掛けられて僕は飛び上がった。
「せ、刹那。居たの…?」
いつから後ろに居たんだろう……手のひらがじっとりと汗ばんでくる。
「大げさだな……。もう少しで終わる。待ってろ。」
「うん……」
なぜか僕の頬が熱い。刹那は白いドレスシャツに黒いパンツと長めのバリスタエプロン姿がとてもよく似合っている。きびきびと客席を回って給仕する様は、ちょっと意外で、格好いい。
彼は僕の大学からそう遠くないカフェでアルバイトをしている。広いデッキのオープンテラスが自慢の店で、通り抜ける風が心地良い。それに僕も何度か立ち寄ったことがある。ひょっとしたら、今までにもここで遭遇していたのかもしれない。そして今日は彼のバイトが終わるまで、ここでお客さんをする事になっている。いつもホールに居るわけではないけれど、それでもしばしば彼の姿は見えたし、特に愛想がある訳じゃ無いけれど目が合えば軽く会釈や目配せを返してくれた。
小一時間ほど、ここで暇をつぶす。ずっと彼の背中を目で追っていたい気もしたけれど、いつも姿が見える訳でも無いので先程図書館で借りてきた本を取り出し、テーブルの上に広げた。ぱらぱらと頁を捲るがうまく頭に入ってこない。人種差別と人権問題について、週末までに小レポートを書かなければいけないのだが、この平和な時代ではなかなかピンと来ない。特にこの経済特区ではあらゆる国からあらゆる人種の人間が集まって生活をしているので、人種差別のようなものを見受けた事はない。そういう事がある、と話には聞いたことがあるが、僕自身経験したことはない。ひょっとしたら僕が鈍いだけなのだろうか。
此処はアジアの一地域で、世界中を見渡しても右に出る者が無いほど経済成長を遂げている大きな都市だ。経済特区に指定され、局外中立。ここでは紛争は起こり得ないので、皆安穏と暮らしている。
僕自身、幼い頃に中央アジアから両親と共に新天地を求めてここに移住してきた。両親は仕事の都合でまた別の国へ行ってしまったが、僕は勉強の為にここに残って独りで生活をしている。
刹那は、と眺めれば、おそらく彼は中東地域の出身で、黒くて腰の強そうな癖毛は縦横に跳ね返り、浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。大きな赤い目が特徴的で、丁度紅茶の色に似た、透き通った美しさがある。今はまだ幼さが残って可愛らしい風情だけれど、あと数年もすればきっと精悍な顔つきの男らしい青年になるのだろう────などと将来の刹那の姿を思い浮かべると再び顔の熱が上がってくる。
「どうかしてるよ、僕は。」
逆上せた頭を冷ますために、まだ氷の溶けきらない冷水を一気に飲み干す。
付き合って、なんて言うからだ。
きっと僕は何か勘違いをしている。
恋の告白だ、なんて思ってしまったけれど。どう考えてもつじつまが合わない。どこからどう見ても彼と僕とでは釣り合いが取れない。
「またぶつぶつ独り言か」
背後から実に心地の良い低音ボイスで……馬鹿にされた。
「もう……また! 居るなら居るって……」
振り返ると、刹那はもう私服に着替えていた。
「終わった。待たせたな。」
「あ、うん。全然。」
「そうか?」
「働いてる刹那、格好良かったし。」
なんだかすっかり恋人気分な台詞が自然と口から零れてしまったことに自分でも驚いて、しまった、と顔を顰めた。それからぎゅっと閉じた目をそっと開くと、刹那が僅かに頬を染めて、唇が震えているらしいのが見て取れた。
ひょっとして、喜んでるのかも。
ちょっと嬉しかったのかもしれない、と思ってほっと胸をなで下ろす。男から褒められて気持ちが悪いなんて思われた日には、僕は尻尾を巻いて退散し、このカフェには二度と立ち寄れなかっただろう。そうだ、毎朝乗る電車も変えないといけない。
「行こう。」
「何処へ?」
にべもなくぐいと手を引かれて歩き出す。彼の返事は無い。その代わりか、これ以上触れるところが無いほど手と手が密着する。小柄な彼の手は意外に大きく厚みもあって、力強く握るそれは僕の手に精一杯の熱を伝える。
無言のまま、逆光の中に揺れる彼の影を追う。黒い影は強く僕にその存在感を示しながら日の沈む方へと進んでいった。
街には夕暮れを告げる明かりが灯り始めていた。
2011/06/24
ゆるっと書き始めたのをだんだん忘れるパターン。
前半はお花ちゃんの回想シーンなのでぽややんしてる、という事にして。
せっちゃんの告白がぐっと来ない。