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みっふー♪
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novelistID. 21864
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coming summer

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周囲には見渡す限り何もなかった。
足元に踏み締めるさらさら乾いた鬱金色の砂音以外、平坦な地形に風さえ吹かない。噴き出た汗が油膜のように張り付いて熱を籠らせているにも関わらず、一足歩みを進めるごと熱せられた空気が頬を撫ぜてヒリヒリ痛い。
日差しを避ける傘があるだけましなのなのだろうが、詰襟上着の肩に食い込むその重さも次第に意識を遠くする。ターバンにマントを羽織って先を行く兄の後ろ姿も虚ろな蜃気楼に掠れて細かに揺れている。
兄が足を止めた。少女は傘を抱いてふらふらその場に座り込もうとした。振り向いた兄が言った。
「水が見つからないんだ」
おさげに編んで胸に垂らした赤茶の髪は頭上に燃える陽に灼かれてギラギラ照り返しているのに、どうして兄はあんなにも涼しげな顔で笑んでいられるのだろう。
「……人間は水でできてるんだって」
ぼんやり兄を見上げながら、いつか誰かに聞いた話を思い返して少女は言った。
「私がにーちゃんの水筒だよ、」
――ああ、そうだったのか、口にしたあとで少女は妙に納得していた。暑さにやられておかしなことを口走ったと思うのに、その通りだと自分でスッと腑に落ちたのだ。先程までの掻き毟りたくなるような喉の渇きも同時に癒えていた。
焼けた砂に着きかけていた七分丈の膝を上げて少女は兄の先を歩き出した。二つに結ったおだんご頭の上に高く傘を掲げて、軽い平らな靴底にステップを踏んで、ついでに陽気な鼻歌なんかも歌いながら。
「……あのさぁにーちゃん、」
少女はすこぶる上機嫌に振り向いた。ほんの一瞬、少女の前に砂を巻いて風が舞った。
「にーちゃん?」
少女は目を擦った。兄はそこにいなかった。まるで砂埃と一緒に消えてしまったかのように。
「にーちゃん!」
少女は灼けた道を駆け戻った。遮るものひとつない砂漠を見えない兄の姿を探して、何度も縺れそうになる足をただ前のめりに回転させ続けた。
そうしてどのくらい走ったか、どこまで来たのか、駆けても駆けても、兄を見失った場所と同じ景色が少女を取り囲むように延々続いている。
「バカ兄貴!!」
天を仰いで少女は叫んだ。照りつける天頂の恒星は動かない。時間が止まって自分だけが取り残されている、それとも自分に兄なんて最初から存在しないも同然だったか。
(……。)
――だったらいっそ清々するかもね、
少女は広げた傘に埋もれるように地面にしゃがんだ。熱い地面を覆った傘の影、自分の周りにじわじわとその黒い染みが広がっていくような錯覚に、――兄はこの向こう側にいるのかもしれない、暗い砂の上に目を落としたまま、ふと、そんな考えが少女の脳裏をよぎった。真昼と真夜中と、別々の軸に迷い込んだ自分たち兄妹は見失った互いを見つけられずにさまよっている。いまこの瞬間もふたり裏写しの同じ場所に立っているかもしれないのに、互いに互いが見えなくて、触れなくて、近付けなくて、何を考えているのか、何を思っているのかも。
「……」
――私のやらかす悪戯なんか昔は全部お見通しだったのに、それはそれで腹の立つものだったけど、思い返して微笑んだ少女の伏せた睫毛の先に、大粒のしょっぱい汗がひとつ滲んでぱたんと落ちた。


+++

――おっしゃ休みに海行くぞ!って、予定が埋まっただけでやたらテンションの上がる人間が近場に二人もいることだし、海辺でたべる焼きソバもすいかもおいしいし、アネゴと一緒に買い物行って、いちご模様のフリフリセパレーツ水着選んでもらって、バーゲンでひまわりのビーサンも買ったし、その時点では確かにそういう気分だったんだ。
わいわい楽しそうにしている皆を見てるのは私も楽しい。すごくたのしいのに、楽しければ楽しいほど、なんでか急に頭の底がぐらっとなる。――わーたのしい、こんなところで皆に混ざって私はゲラゲラ暢気に笑ってていいんだろうか、誰にも何にも責められてない、自分でもそんな、わけのわかんないこと考えて不安になる理由がない。ないと思ってる、思おうとしている、そこでまた頭の中がわんわん鳴ってぐらんぐらんする。
「……ねーかぐらちゃんも泳ごうよ、」
――日焼け止め塗ればヘーキなんでしょ、海の家の近くまで引っ込んだ場所のシートの上に、体育座りで日傘差している私のところまでわざわざ上がってきてぱっつんが言った。少し疲れた頭でも、顔を上げて私は感心してしまう。クラシカルな紺のスクール海パンにネームタグ入り白いプール帽姿がこうまでしっくりくるミドルティーン眼鏡男子を、彼以外に私は知らない。
「……色白は七難去ってまた七難」
詩吟でも呻る調子で私は言った。
「は?」
ぱっつんが困惑したように眼鏡を傾けた。――ふぅ、私は短い息をついた。
「イイヨ私は、海辺の美少女らしくナンパ待ちしてるから」
「でも……」
ぱっつんが賑やかな浜辺の方にちらと目をやって言った。アネゴと大家のねーちゃんズ(――アタシゃ日焼けなんてゴメンだよ、まだむはパスって町内の日帰り温泉バス旅行の方に行った。おみやげに温泉玉子と温泉まんじゅうとこんぶのわさび漬けをりくえすとしておく。)が、人間VS機械人形によるかなりのガチンコ火の玉ビーチバレーを展開中、青ざめたヤローどもがヒキ気味の遠巻きにそれを見ているの図、んでこーゆーときひとり遠泳とかがぜん根性入れて張り切るぱっつんも、やっぱりアネゴと同類のモテないDNA継承者と私は思いまっす!
「大丈夫だって、ヘンなヤツ来たらサダちゃんにブットバしてもらうし」
鼻先にちょこんとグラサン(出がけにバス停よこの自販機の前で遭遇したおじちゃんから無理矢理パチってきたとかじゃ決してない、ちょっとお願いして借してもらっただけ☆)乗っけて、木陰ですやすやおひるね中のサダちゃんを見ながら私は言った。
「イヤそこは別に心配してないけど……」
ぱっつんが苦笑いに言葉を濁した。沖に見えてるもいっこ遠い島まで泳いで帰って来るって、ぱっつんは何度も振り返り振り返り、結局ひとりで浜へ下りて行った。
作品名:coming summer 作家名:みっふー♪