不快指数上昇
「雨だね」
「 ――― 」
「横に降ってるね」
「――うるせえ」
「あ、木が倒れっっぶねえなあ!ラジオ投げるなよ!」
「ハリケーンだってさっきから言ってるじゃねえか。このカス。これ以上無駄なことしゃべるとカっ消す」
「―― 、ごめん・・ほんと・・ごめん・・」
「―――――」
男はこちらをにらんだまま、サイドテーブルへ手をのばした。
――度数の強い、酒のビン。
慌ててかけよりその手をとりあげれば、再度にらまれる。が、離すつもりはない。
質素なベッドに半身を起こしてくつろいださまの、その、硬い身体がうらやましくて、目がいったわけではない。
「今、飲んだら、だめだって言っただろ?」
むきだしの素肌にかけたシャツを、もう片手で直す。にらまれたまま、その手を、つかまれた。
これを、さっきこの男に羽織らせてやったのも、そのシャツの下にある、左の胸と鎖骨の間の皮膚と肉を、刃物でえぐったのも、―――この、手だ。
にらみあった末、嫌気がさしたようにむこうが両方の手を振り払い、水、と一言。
それなら好きなだけ飲めばいいと冷蔵庫にむかい、かがめば、とたん、部屋の明かりがなくなった。
―――そりゃ、これだけの風だから仕方ない。
先ほどから何度かまばたきしていた電灯は、こうして完全におちた。
この小さな建物は、にぎやかな市街からは、だいぶ離れている。
よって、外灯などのさしこむ明かりもなく、闇となる。
雨粒が、風とともに、建物の上も横も叩き続ける。
ひどく簡単な造りの外観と異なり、この風にも負けない空間。さすがのクオリティーは、こんなところにも発揮されている。ってか、こんなとこに発揮しないで、もっと他に使ってくれと思うが、口にはしない。
だいたいが、上にいる人間が、能力を出し惜しみする傾向が、この組織は強い。
そんなことを考え、気を紛らせているのに、部屋にこもったアルコールと血の混ざった匂いが、現実逃避を許さなかった。
――― この国にまで、はたして手をのばすかどうか ―――
せんせいの声がよみがえる。
そもそも、今回は、黒い部隊が専行して持ってきた話だった。
内戦や反乱をいくつか経験した、軍事力の強い国における裏組織との協定。
もちろんこちらは寝耳に水。右腕君はもちろん、金髪の兄貴分までが、考え直せと口をはさんだ。
ところが、反対に、協定をすすめる人間もいたりした。
この先展開してゆくつもりのビジネス面において、ぜひ、押さえておくべきだと。
たしかに、それも一理あった。
組織のことを考えれば、はずせない地域だ。
それでも、―――自分は反対した。
なにしろ、黒い事業が、政治から軍隊から、奥深くまで染み渡りすぎている。
もう少し、時間をおいて距離をはかってからと、おれなりに考えていた方面で、黒い部隊のボス様にも、伝えてあったはずなのだ。
それを、どうしたわけか、協定を組みにゆくからおまえも来い、という最終段階での確認へのお誘いで、初めて事態を知ることとなった。
『あとは先方と書類をとりかわずだけ』と黒部隊の銀髪の言葉を聞き、頭を抱えて、いちばんにせんせいに相談した。
――― 避けて通れる場所じゃねえからな。どこのやつらも一度は考える。この国にまで、はたして手をのばすかどうか ―――
せんせいだった男は、一瞬顔をしかめたが、次にはわらい、あきらめよく行っておけ、と、肩をあげてみせた。
『――いいか?ここの国だって、ちょっと前までは、似たようなバランスだったんだ。特に、戦争があった後ってのは、ひどいもんだぜ。どこの国もな。一度、しっかり見ておくんだな。バランスが崩れたまま、月日が流れると、どうなるかってのを』
そうして、しっかりと、見るはめになった。
自分の領域である国と同じようで、質の異なる、情熱的な人々。
活気と笑顔の裏にある、貧富の差。
当然のような政治家への賄賂。
犯罪者の警察収賄。
―――― やはり、乗り気には、なれなかった。
なぜ、こんなやつらと協定を組まなければならないのか、納得いかないまま、相手の別荘にむかった。
今思えば、この、ずいぶんな協定を結ぶ会議に、本体の自分の守護者たちを連れてこなくて良かったと、手をまわしてくれた黒い部隊の、銀髪の男に感謝。
もし、うちの幹部たちを同行してきていたら、早々に騒ぎを起こして国家間問題になっていたかもしれない。
それほどに、協定を組んだ相手は、国の内部に力をもちすぎていた。
「――まるわかりすぎんだ。てめえは。むこうが政治家の名前をだすたび、笑ったまま温度下げていきやがって、あげくはそのままの顔でむこうのカスを挑発なんざ、組織を背負ったやつがやることじゃねえ」
「だって、しかたないだろ?あんな得意げに、この国がいかに腐ってるのか聞かされたらさ」
「タイミングってのがあるだろうが。今のトップを潰しても、この国の現状じゃあキリがねえ。それともてめえが全部ぶちこわして、責任もってこの国をいちから作りなおしてやるってか?」
「――――」
ベッドに身をおこす男は見えずとも、きっといつものさげすんだような顔だろうことは想像つく。
「いいか?今回てめえが叩きのめしたやつらは、この国の上のほうの人種だってことを、忘れるな」
「だから、どうしてこんな国にまで手をのばすんだよ?そんなにいそがなくてもいいって、おれ、言ってただろ?」
水のボトルを手に、傷を負った男を目指し、足をはやめた。
暗い中、その気配をたださぐり、進む。
「――ぐだぐだぬかして逃げてんじゃねえ」
「逃げてなんか、っ!」
床には、男が投げてきた色々なものが落ちていた。さぐるように進んでいたのに、つい気がせいてしまい、とたんにこけた。
「っつ ―――」
すがった硬いそれは、男の足だ。
ごめんと相手に聞こえないようにつぶやいて身をたてなおそうとすれば、こちらの手から水のボトルが引き抜かれた。
さっさとそれに口をつける気配。
――― ああ、この闇でも、見えるのか。
ふいにみせつけられる、この男との差。
「てめえがこの先いつまで待とうとも、この国がこれ以上落ち着くなんてありえねえだろ。なんだって、ひどくバランスが崩れりゃ崩壊するだけだ。そうなれば、混乱と破壊で、もっと収集つかねえ国になる」
すぐそばからの冷静な声。
横暴でも粗暴でも、この男には自分には無い『みかた』ができる目があるのだ。
こいつの、こういうところが、時々にくたらしい。
「――だから、今のうちにってことか?なら、最初からそう言ってくれたっていいだろ?そうしたらおれだってみんなを説得して、それからうちのほうで色々整えて」
「バカか?」
「なっなんでだよ!」
「本体動かしてどうすんだ。むこうだって、裏のおれ達だから食いついてきたんじゃねえか。少しは頭使え」
「ぐ、」
「てめえはわかってるようで、わかってねえからだ。『こんな国』っていうのが頭からはなれねえんだろ?てめえのものみる基準は何だ?経済雑誌の特集か?シンクタンクの格付けか?は、くだらねえ。いいか?この国の軍事力が強いのは何でだ?」