不快指数上昇
男の腹に手をおき、のびあがるように顔をゆっくり寄せる。
暗闇の中、あいての呼吸をさぐり、見当をつけたあたりに、口をつけた。
すぐに頬だとわかる。
のびはじめた髭が唇にあたる。
下って、みつけた。
くちびる。
「 、 」
自分のくちびるをひらけば、湿った音がした。
そのまま、ゆっくり舌をだして、なめる。
湿った音と自分の息だけが豪雨の音に重なる。
こいつの息遣いはどこだ?
自分だけ興奮しているようで恥ずかしくなりながら、ゆっくり、なだめるように、少しずつ、舌先で、そのくちびるの輪郭をたどる。
すこし、それがひらく。
いちど離し、今度は舌の中ほどで、下くちびるだけ、ゆっくりとなめた。
相手の、歯の感触。
あけられたままのそこも、なめる。
くちびるの、うちがわ。
上も、下も、ねぶるように、たどる。
――― あ、やべ。
自分の息が、あがっているのを感じる。
数回なめ続ければ、歯がひらいた。
ちょっとだけとまどって、相手の、顔に両手をそえる。
こちらの顔をかたむけ、再度、舌をのばした。
くちびるが、閉まっている。
ゆっくりたどれば、にやり、と歪んでいるのがわかる。
再度ひらくように、また初めからというわけか。
「―― やめるか?」
ふいに開いたくちびるが言う。
「・・・電気がついたら、やめる」
明るかったら、決して出来ない。
それとも、こういう焦れたのはこの男の好みでないか。
思いながら、のばした舌へ、予想せず、相手の同じ器官がまきついた。
ひきこまれ、重なった口を意識する。
これじゃあ恋人のキスだ。
このバカ。
思ったので肩を叩こうとして、 ――思いとどまる。
いきなり舌は開放され、離されるくちびるの間。
出されたままのこちらの舌先を、硬い指先が、なでた。
「 なめろ 」
暗闇の中、すぐそこの口が、低く笑いをふくみ命じる。
のばした舌は、またしてもすぐにその中にひきこまれた。
電気はいまだ、つく気配もない。
自分の息遣いと声が、雨音に消されることも、なさそうだ。
―――おれはこいつに怪我をさせた。
そのせいで、今、こいつの機嫌をとっている。
しかたなく、自分にいいきかせながら、目をとじた。