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夏祭り

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 昼間の茹だるような暑さも夕方の刻限ともなれば少しは和らぐ。だがやはり、夏真っ盛りのこの時期、汗ばむ陽気を遮ることなど誰にもできようはずがない。一歩外に足を踏み出せば、じめじめとした湿気が纏わり付き、皆一様に「暑い」の言の葉を吐き出すだろう。

 六番隊舎執務室。ここに、そんな暑さとは無縁であるかのような男が居た。
 コトリ、と湯飲みを置く音が響き、白哉は再び筆を取った。す、と背を伸ばし書類に目を通す姿は、そこだけ空間が切り取られたかのように静寂を保っている。流れるような所作でその手が書類を滑り、通った後には達筆な字が残されていた。
 と、端無くも揺らいだ空。窓辺からひら、と黒蝶が舞い降り、白哉の周りを一周した後そっと肩に留まった。ゆっくりと、羽を閉じたり開いたりして休めている。

 爆弾が投下されたのはそのすぐ後。室内に居る隊員達全てに聞こえる音量で、それは発された。


《緋真さんは預かった。返してほしけりゃ今すぐ追ってくるよーに!》
   
   ***
                    

「緋真さん、祭行かねえ?」
 突然屋敷の中庭に現れた青年は、現れた唐突さのまま開口一番そう言い放った。
 深い蒼の地に白や赤や黄の色鮮やかな花火を模した柄の浴衣を纏う姿は、確かに祭りに似合いの格好だろう。緋真の目からは確認できないが、背後の腰帯にはうちわが挿ささっている用意周到ぶりだ。
「こんにちは、海燕様。また随分唐突なお誘いですね?」
 屋敷の者を通していない客人など、歴とした不法侵入者でしかないわけだが、緋真は慣れたように微笑を刻んで挨拶を交わした。
 この青年が、そうした堅苦しい手続きを踏むのを厭うことを知っているし、またこの男が正式な客人としてこの屋敷を訪れたことなど、緋真がこの家に招かれて以来ただの一度もお目に掛かった例がない。いつも警備の目を掻い潜って、気付いたらそこに居るのだ。四大貴族が一、朽木家の警備を掻い潜るなど、並みの人物には到底不可能な荒業だが、――それも取次ぎが面倒だからという理由で――この青年はあっさりやってのけてしまっている。
「ンなのいつものことだろ?」
「はい、毎回驚いてしまいます。本日のことは、白哉様は知っておいでなのでしょうか?」
「ん〜ん。あとであいつも呼び出すけど、今はまだ知らないぜ。つーかここだけの話……」
 朽木家の御曹司である白哉をあいつ呼ばわり、しかも気軽そうに呼び出すと宣言した青年は唐突に声を潜める。ゆっくりと口を開いた海燕は、こっそりと内緒話を打ち明けるようでいて、悪戯を企む少年のような笑みを浮かべていた。
「――今日は緋真さんを攫いにきたんだ」

   ***

 全体に細かな花模様があしらわれた薄桃色の浴衣に、鮮やかな朱色の帯を締めた姿はふんわりと柔らかい印象で、カランと下駄を鳴らし歩を進めるたび、手に持つ巾着袋がゆらゆらと揺れていた。
 あれから浴衣に着替えた緋真は海燕に連れられ、瀞霊廷の中でも比較的賑やかな通りを歩いていた。
「あっちぃなァ、まさしく夏って感じだ」
 白地に黒染めで墜天の崩れ渦潮の家紋が入ったうちわをぱたぱたと仰ぎながら、汗ばむ陽気に思わずといった風に一言零す海燕。どこか嬉しげな響きを伴ったその台詞にちらと顔を窺うと、やはり笑みを滲ませた表情に出会う。
「海燕様はとても夏がお似合いですね」
「あぁ、好きだからな。あっちぃとなんかわくわくしてこねえ? 祭とか花火とか海とか、皆でわいわいがやがや騒ぐの楽しいし! 白哉をどう連れ出すかってのも、考えると楽しいんだぜ」
「白哉様を? きっと海燕様となら、なんでも楽しいと思いますわ」
「でもあいつ、あんま外出たがらねえからな。ま、ンなこと云いつつ無理やりひっぱり出してんだけどよ。――今は緋真さんが居るからな」
「? あの、それは一体どういう……?」
「緋真さんのためなら、あいつはちゃんと動くってこと! 今日だってすっ飛んで来るぜ」
 疑問顔の緋真に向かい、得意満面に云い放つ海燕。常に冷静に物事を熟す白哉には似合わない、すっ飛んで来るとの表現に、僅かに目を見開く緋真。その言葉の意を頭がようやく理解した緋真は、ほんのりと頬を染め、うつむき加減に口を開いた。
「……白哉様が海燕様を好いている気持ち、解ります」
「は? ちょっと待ってくれ、今なんて……」
「私も、お慕いしておりますので」
「――ッ! えぇと、ありがとな。でもそれ、頼むから白哉の前で云わないでくれよ」
「え、なぜでしょうか?」
「や、まぁ、うん……」
 云い淀む海燕に純粋に不思議そうな目を向ける緋真。俺が白哉に殴られる、とは緋真の前では口に出せない海燕であった。

 その人は優雅に佇んでいた。
 流れるような黒髪を高く結い上げ、細身の銀の簪を挿した髪型は夏らしく涼しげで、しかしながら覗くうなじは匂い立つような色香を放っている。纏う黒色の浴衣に白い肌が映え、白や桃や紅色の五つの花弁がぽつぽつと全体を彩っている。帯は鮮やかな深い紅で、そこにも精緻な花模様があしらわれ、すらりとした肢体を引き立てていた。一見暗くなりがちな黒をこうも鮮やかに着こなす様に、道行く人はちらと視線を送る。その視線をやんわりと受け流し、店先の小物を眺める姿はそこだけ時間が穏やかに流れているようだ。
 海燕は迷うことなく真直ぐにその人の元へと向かう。
「都! わり、ちょい待たせちまった?」
 ゆっくりと振り向いたその人は、すまなそうに窺う表情に出会うと口元にくすりと微笑みを刻んだ。その瞳は先程の海燕と同様、どこか悪戯っぽさを秘めた光を浮かべていたのを緋真は見た。同じ色をしている、と。
「えぇ、少し、ね」
「あとで甘味奢るから許してくんね?」
「あら、どうしようかしら。私が食べ物に釣られる女に見える?」
「すんません、食いモンに釣られんのは俺デス。じゃあ、どうすりゃ許してくれる?」
「そうねぇ……」
 くすくすと笑みを零しながら海燕の様子を窺う都。二人は夫婦だ。やや取り残されてしまった緋真であったが、この仲睦まじい二人を見ているのは嫌いではなかった。むしろ好ましく感じられるもので、自然と口元が綻ぶ。
 けれど、どこか一抹の寂しさを感じるのは何故だろう。時折屋敷から連れ出してくれる海燕はいつも突拍子もなく驚かせてくれ、白哉様は何か云いたげな様子でいるも最後には付き合って下さる。けれど、決して厭うてはいないことを緋真は知っている。都とはそんな海燕の妻ということもあり接する機会は多い。貴族の家へ入るということは何分大変だろうとよく気を遣ってくれ、緋真はどれだけ助かったことか計り知れない。供に甘味屋に行って語らう時など、笑いながら夫婦の会話ができる数少ない友人だ。そうした遣り取りを白哉様に聞いてもらう時に、緋真はとても幸せだと思うのだ。
 と、ここまで考えた時、緋真はふっと思い至った。ここに、白哉様が居てくれたら、と。海燕の視線は都に向いている。また、都の視線も海燕に。緋真の視線を受け止めてくれる人は、今は遠い執務室で黙々と筆を滑らせていることだろう。
作品名:夏祭り 作家名:サオト