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ただ一度だけの永遠

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珍しく、ロイが難しい顔をしていた。

その表情に、今回の任務がエドにとっても気の進まないものだと言う事が伺える。

ロイは息を付くと、無言でエドに書類を差し出した。

書類を受け取り、目を通す。

それは、ある国家錬金術師についてのものだった。

右上に燃えるような赤い髪の青年の写真が載っている。

「リィン・T・セイラム」

ロイが口を開いた。

「その人物の名だ。二つ名は言霊。普段は各地を渡り歩いているが、
現在ニューオプティンに滞在しているらしい。今回の任務は…」

ロイはそこで一度、言葉を切った。

そうしてゆっくりと息を吸い、再び口を開く。

「その人物の、抹殺だ。」

「え…」

思いもしなかったその内容に、思わずエドは息を飲んだ。

ロイの険しい瞳が、エドを見据えている。

「…抹殺?」

視察や調査はあってもそんな任務、今まで無かった。

「殺すのか…?」

「そうだ。」

躊躇い無く返されて、ぐっ、と、エドは言葉を飲み込んだ。

「それ相応の理由がある。」

「理由?」

一体どんな理由があると言うのだ。

「人体錬成を行おうとした事が上層部にバレたのだ。」

「なっ…」

人体錬成は、禁忌だ。

言わば、これは処刑なのだと。

エドは悟った。

「君には酷な事だとは思うのだがね。だが、君の他に適任者が居ないのだよ。」

納得が、行かない。

一体何の適任者なんだ?!

人体錬成絡みだから、と言う事もあるのだろうが。

だがいきなり抹殺など…

「…嫌だと言いた気だな…」

「当たり前だっっ!!」

ロイの言葉に、エドは声を上げた。

誰がはいそうですかと言えると言うのだ。

「それが調査なら俺だって進んで行くよ!それにそいつは人体錬成を
『しようとした』だけで『した』んじゃ無いんだろ?!だったら
抹殺なんてしなくてもいいじゃないか!そんなの絶対に嫌だ!」

ぎりっ、と、エドはロイを睨んだ。

「しかしこれは、命令だ。」

「そんな命令、聞けねぇよっ!!」

バン!!と、ロイの机を叩く。

勢いで先程受け取った書類が、舞うように散った。

「とにかく絶対やんねぇからな!!」

それで銀時計が剥奪される事になっても。

「…どうしても、かね…?」

「ああ!」

エドはロイを睨み付け、言った。




「そんな事があったの・・・」

沈みがちな声で、アルが言った。

「でも兄さん・・・だったらどうしてここへ来たの?」

停車した列車から、ホームに降り立ったエドに投げ掛けられた言葉。

そう。

ここは、ニューオプティンだった。

「行くぞ。」

歩き出しながら、エドはロイの言葉を思い出していた。

『私の頼みでも、かね?』

あの後、ロイが静かに口を開いた。

『頼み・・・?』

いつもと様子が違うロイ。

『リィンには昔、世話になってね。恩があるんだ。だから私は敢えて君に頼みたいのだよ、鋼の。』

君ならリィンを、解ってくれるだろうからね、と。

どうせ消されるなら、エドの手で消して欲しいのだ、と。

自分で出向かう事は出来ないから。

そう、ロイが言っているように、エドには思えた。

取り敢えず話だけは聞こうとエドは思っていたので、来るつもりではあったのだが。

「リィン・T・セイラムか・・・」

一体どんな人物なのか。

ロイの話では駅近くの宿に泊まっているらしい。

「片っ端から当たるしか無いか・・・」

そう呟いて、大きく息を付いた時。

「きゃあぁぁvvvvテスぅ〜vvvvvv」

甘ったるい少女達の声が、辺りに響き渡った。

「な・・・何だ???」

声のした方を観ると、数メートル先に十数人の少女達が通りに屯しているのが見えた。

その真ん中に、どうやら黄色い声の的になっているらしい人物が見える。

「誰だあれ?」

有名人か?、とアルに聞くと、アルは「あぁ!」と、声を上げた。

「テスだよ!今若い子の間で人気の歌手なんだ!わぁ、凄いなぁ!僕本物初めて観たよ〜!」

歌手、ね・・・

てか、アルの奴何でこいつこう言う事こんなに詳しいんだろう・・・

ぼんやりと輪の中央に居るテスとやらを眺める。

オレンジ色の髪にサングラス。170cmそこそこの背。

どう観ても軽そうだ。

エドは興味が無さそうに背を向けると、アルを促し駅を出た。




残念な事に、どの宿を回ってもリィン・T・セイラムの名は無かった。

無駄足だったじゃないかと落胆したエドは、アルに励まされながら取り敢えず最後に回った宿に泊まる事にした。

「あぁ、ここだ。」

用意された部屋のドアを開けようとした時、不意に隣の部屋のドアが開いた。

「あ!」

アルが声を上げたので、思わずそちらに視線を移すと、先程駅で観たテスとか言う歌手がドアから顔を覗かせていた。

テスはエドとアルに気付き、少しの間エドを見ていたが、再び部屋に姿を消した。

「・・・何だあれ・・・?」

変な奴・・・

そう思いながら、エドはアルと共に部屋に入った。

「どこに居るんだろうね、リィンさん。」

ベッドに腰を降ろしながら、アルが口を開く。

「もしかして隠れちゃったかも知れないね。」

僕達が来るのを察してさ、と、アルは続けた。

出来る事なら逃げていて欲しい、と、エドは心のどこかで思っていた。

そうすれば、何も起きない。

誰も、悲しまない。

ロイも、きっと。

「複雑だなぁ・・・」

大きく溜息を付いて、エドはベッドに横になった。



ふと、目が覚めた。

部屋の中に視線を彷徨わせる。

外に意識を向け、その静けさにどうやら既に日付を超えているようだと認識した。

適度に暖められた部屋の、乾燥した空気の所為で、エドは喉に渇きを覚え体を起こす。

部屋を見回し水差しを探すが、何処にも水差しらしき物は無かった。

仕方無くエドは部屋を出て、階下の食堂へ向かった。

音を立てないようにそっと階段を下りたエドは、ホールを抜けて食堂に入り、

カウンターの端に置いてあった水差しからコップに水を注いだ。

喉を潤して部屋に戻ろうとしたエドは、ふと食堂の隅に人影があるのに気付き足を止めた。

人が居たのか・・・

全く気付かなかった。

窓から射し込む月明かりが、その人物の姿をぼんやりと浮かび上がらせる。

それは、エド達の隣に部屋を取っていたテスだった。

昼間観た軽そうなイメージとは全く違う。

サングラスを掛けていない所為だろうか。

月を見上げるどこか寂しげな瞳。

こんな瞳をしているのか、と、エドはぼうっ、と思った。

不意に、テスがエドの方に視線を向けた。

「あ・・・」

薄紫の瞳が、エドを見つめる。

闇の中なのに、不思議とテスの瞳の色が薄紫だと認識出来た。

「・・・眠れないのか?」

テスが言葉を紡いだ。

その高めの声は、少々掠れていた。

「え・・・あ・・・喉が渇いて・・・」

急に言葉を掛けられて、一瞬戸惑いながらもエドは言葉を返す。

「あんたは何やってんの?」

こんな所で。

テスはふっ、と笑みを漏らすと、エドにこちらへ来いと促した。
作品名:ただ一度だけの永遠 作家名:ゆの