ただ一度だけの永遠
特に断る理由も無かったので、エドはテスの向かい側に腰を降ろした。
「君は俺を観ても何も言わないんだな。」
普通の子なら黄色い声を上げるのに、と。
「俺別にあんたが誰かなんて興味無いし。」
エドにとってはテスが歌手だと解っても、だからどうなんだと言う話だったので。
「面白いな、君は。」
そう言って、テスはくすくすと笑った。
「君は、幾つになる?」
歳を聞かれて少々ムッをする。
どうせまた歳の割には小さいなとか言われるんだろうなと思いながらも、エドは取り敢えず素直に答えた。
「・・・15。」
「そっか。」
意外にも、テスはそれだけしか言わなかった。
何となく、気が抜けた。
何なんだ?こいつ?
「さっきのデカい鎧の奴は、君の友達?」
再びテスが、口を開いた。
「あぁ、弟だよ。」
「ふぅん。」
やはり返された言葉は、短い物で。
エドにはそれが、別に興味は無いが取り敢えず聞いてみた、と言う感じに思えた。
そう思った時。
「俺にも弟と妹が居たよ。」
初めてテスが、自分の事を語った。
テスがそれから何か言葉を紡ぎ出すのかと思いエドは待っていたのだが、
相変わらずテスはぼんやりと月を眺めるだけで口を開こうとはしなかった。
一体何なんだ。
「あんた、変な奴だな。」
エドの言葉にテスは一瞬眉を上げたが、別に怒る事もせず、ふっ、と、笑みを漏らした。
やっぱり、変な奴だ。
自分に酔っているのだろうか?
歌手って、皆こんななのか?
こんな奴に付き合ってられない。
「俺、寝るから。」
そう言ってエドは立ち上がり、「おやすみ」と言い残してその場を後にした。
テスの「おやすみ」と返された言葉は、既にエドには聞こえなかった。
部屋に戻り、ベッドに入ろうとして、ふと何か違和感を覚えた。
腰に手をやり、エドの血の気がさぁっ、と引いた。
銀時計が、無い。
「やっべ・・・」
急いで辺りを見回し銀時計を探す。
荷物の中、外套、ポケット、布団の中、ベッドの下。
しかし銀時計は、どこにも無かった。
「マジかよぉ・・・」
がっくりと肩を落とす。
「どうしたの兄さん?」
エドの様子に気付いたアルが、エドに声を掛けた。
「・・・・・・銀時計落としちまった・・・・・」
「えぇ?!」
また?!と続けられた言葉に「または余計だ」と返しながらエドは頭を抱えた。
「どこで落としたの?」
「そんなの解るかよっ!」
考えられるとしたら、駅かここの前に回った宿。最悪列車の中だ。
「探して来る。」
エドは立ち上がり、外套を羽織るとドアに向かった。
「僕も行くよ!」
急いでアルもエドの後を追う。
ドアを開け、廊下に出た時、丁度食堂から戻って来たらしいテスがエドの部屋の前を通りかかった。
「あ・・・」
「テスさん!」
「寝るんじゃなかったのか?」
部屋から出て来たエドとアルを観て、テスが口を開いた。
「あ・・・ちょっと兄さんが落し物をして・・・」
「行くぞアル。」
律儀に答えようとするアルを引っ張りテスに背を向ける。
「ちょっと待ってろ。」
テスは自分の部屋に戻り、ジャケットを手にして戻って来た。
「俺も一緒に探してやるよ。」
「え・・・」
思わぬ申し出に、エドとアルは顔を見合わせた。
「大事な物なんだろう?」
そう言われて、エドは思わず頷いていた。
テスは微笑むとジャケットを羽織り、「行こう」と、二人を促した。
「ねぇねぇ、テスさんってカッコいいよね。」
先に階段を降り始めたテスの背を観ながら、こそこそとアルがエドに耳打ちをする。
「カッコいいって・・・」
何なんだお前・・・
アルの言葉にがっくりと肩を落としながら、エドは歩き出した。
「で、どの辺りに落としたか見当は付いているのか?」
宿を出た所でテスが聞いた。
「うーん・・・取り敢えず駅かな・・・」
この時間だ。他の宿には恐らく入れないだろう。
駅構内なら、閉まっていても入る事が出来る。
「解った。」
テスは答えると駅に向かって歩き出した。
本当に、こいつは一体どう言う奴なんだろうか?
何を考えているのか掴めない。
どうやら悪い奴では無さそうなのだが・・・
そんな事を考えているうちに、3人は駅に辿り着いた。
「僕らが通ったのこの辺りだったよね、兄さん。」
端の方を指差し、アルが言った。
「それであの辺りにテスさんが居たんだ。」
あぁ、と、テスが言葉を漏らす。
「あの時か。」
言いながら、テスは先程アルの指した場所へ足を向けた。
駅構内を見回し、通りに向き直る。
通りは夕方から降り始めた雪が、石畳を覆っており、通りに落としたのなら探すのは困難を極めそうだった。
エドは自分の通った場所と思われる場所に膝を付き、雪を掻き始めた。
アルも少し離れた場所で同じように膝を折る。
しかしテスだけはその場に立ったままだった。
探す気など、無いのではないだろうか。
そう、エドが思った時。
「・・・search」
小さくテスが、言葉を紡いだ。
その瞬間。
通りの端の方に、ぱぁっ、と、小さな光が生まれた。
「・・・え?」
テスは光の生まれた場所へ足を向けると、そこから何かを拾い上げた。
少しの間、拾い上げたそれを見つめ、エドの方に向き直ると、エドに近付きそれを差し出した。
「これだろ?」
ジャラッ、と、鎖がテスの手から零れる。
開かれた手の上にあったのは、まさしくエドの銀時計だった。
「こんな大事な物、落としちゃ駄目だろ?」
「あ・・・りがと・・・」
エドはテスから銀時計を受け取ると、ポケットにそれを押し込んだ。
テスは笑って見せると、ふい、と、エドに背を向け歩き出した。
「待てよ!」
エドの声に、テスは足を止めた。
「あんた、錬金術師だな?」
先程の光は、確かに錬金術の物だった。
「言葉の力で錬金術を使う・・・言霊の錬金術師・・・あんた・・・リィンだろ?」
「えぇ?!」
エドの横でアルが声を上げた。
「そうなんですか?!」
テスは相変わらず背を向けたまま、黙っていた。
写真とはかなり印象が違うが、エドには解った。
「何とか言えよ!」
「・・・金色の髪と瞳・・・鎧姿の弟・・・銀時計・・・」
テスの口から言葉が漏れた。
ゆっくりと、テスがこちらを振り返る。
「鋼の錬金術師・・・エドワード・エルリック・・・」
そう言ってこちらを観たテスの瞳は、冷たい色をしていた。
「・・・消しに来たんだな・・・」
その言葉に、エドは唇を噛んだ。
テスは、解っていたのだ。
ちりっ、と、エドの胸が痛んだ。
「・・・違う・・・」
搾り出すように、エドは口を開いた。
「俺は唯・・・あんたに聞きたい事があって・・・」
嘘では、無い。
人体錬成の事について聞きたかったのは確かだ。
すぅっ、と、テスが目を細めた。
「あんたが・・・人体錬成をしようとしたって聞いたから・・・」
「興味があるのか?」
こくり、と、エドは頷いた。
沈黙が、流れる。