ただ一度だけの永遠
ゆっくりと、『リィン』が振り返る。
柔らかな、表情。
どこか、グレイシアに似ている、と、エドは思った。
「来ると思ってた。」
風に靡く髪を押さえながら。
「そこに、居るのね?」
そう言って、リィンはゆっくりとエドに近付いた。
「リィン・・・もしかして・・・」
リィンの言葉と、その歩みを見たエドが、口を開く。
「ええ。もう、何も見えないの。」
エドは、きゅ、と、唇を噛んだ。
そんなエドの様子を感じたのか、リィンがエドの髪に手を添えた。
「優しい子・・・でも悲しまないで・・・これは罰だから・・・」
ずきり、と、胸が痛んだ。
「見届ける為に・・・来たんでしょう・・・?」
こくり、と。
小さく頷いた。
髪に添えられた手で、エドが頷いたのを把握したリィンは、優しく微笑んだ。
「ありがとう・・・」
そう言ったリィンの体が、ほんの少し傾いだ。
「あ・・・」
慌ててエドがリィンを支える。
もう、立っているのもやっとなのだ。
エドは墓標の前にリィンを座らせた。
「ごめんなさいね・・・」
「・・・ううん・・・」
リィンの手が、冷たい。
生きている人間の持つ、体温では無い。
もうすぐリィンの時間が、終わる。
「・・・っ・・・っっ・・・」
エドの瞳から溢れた涙が、リィンの手の甲に落ちた。
「・・・泣かないで・・・」
私は大丈夫だから、と。
リィンは小さく言った。
「ぅ・・・っく・・・ふ・・・っ・・・」
エドは涙を堪える事が出来無かった。
「仕方の無い子・・・」
そう、言葉を紡いだリィンは、優しくエドの背を抱くとあやすようにぽんぽんと
エドの背を叩きながら優しく歌い始めた。
暖かくて、懐かしい、子守唄。
その優しい歌声は、風に乗り、空高く舞い上がり、そして広がった。
暫くして、消えるように、リィンの歌が途切れた。
同時にぱたり、と、リィンの腕がエドの背から滑り落ちた。
「・・・っ!」
リィンの時間が、止まった。
エドは動かなくなったリィンの身を抱き締め、泣いた。
その夜、エドとアルはリィンの遺体を一旦リィンの家に持ち帰り、本当の最後の夜を
そこで一緒に過ごした。
そうして翌日、二人はふたつの小さな墓標の隣に、リィンの遺体を埋葬した。
イーストシティに向かう列車の中で、エドはふと、リィンに貰った楽譜があったのを思い出し、
トランクから楽譜を出した。
ぼんやりと、五線に並ぶ音符を見つめる。
2枚目、3枚目と捲っているうちに、エドの顔色が変わって行く。
「兄さん・・・?」
エドの様子に気づいたアルが、声を掛ける。
「これ・・・」
内容は読み取れないが、音符の並びに規則正しい法則を読み取ったエドはそれが何であるかを把握した。
「錬金研究書だ・・・」
エドは何故リィンがこれを自分に託したのかを、漸く理解した。
「そうか・・・」
エドの報告を聞いて、ロイは小さく息を付いた。
「すまなかったね・・・辛い思いをさせてしまった・・・」
ううん、と、エドは首を横に振った。
「辛いって言うより・・・悲しかった・・・」
最後まで微笑っていたリィン。
自分の時間の終焉を潔く受け入れたリィン。
「ねぇ大佐・・・リィンとは・・・どこで・・・?」
あぁ・・・と、ロイは小さく声を漏らし、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「イシュヴァールの内乱の時に怪我をした事があってね・・・その時に少しの間
前線を離れて流れ着いた家がリィンの家だった・・・」
「・・・そっか・・・」
エドはソファーから立ち上がると、ロイの前に立ち、ふわり、と、ロイの背を抱き締めた。
「泣いてもいいよ、大佐。」
静かに、エドは言った。
「きっと大佐、泣きたくても泣けないだろうから・・・」
「鋼の・・・」
ロイはエドの背をに腕を回し、エドを抱き締めた。
「・・・すまない・・・」
そう、紡がれた言葉を聞きながら。
泣きたいのは自分の方なのだと、エドは思った。
Fin.