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ただ一度だけの永遠

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不意に、エドの意識がふぅっ、と、遠退いた。

次の瞬間、ぐらり、と、エドの体が傾いだ。



何だか体がふわふわする・・・

額に何か乗ってる・・・

ああ、そうだ・・・濡れタオルだ・・・

昔、熱を出した時に母さんが良く乗せてくれていたっけ・・・

あれ・・・?

何だろう・・・?

何か・・・聞こえる・・・

あぁ・・・歌だ・・・

母さんが歌ってくれた子守唄・・・

優しくて・・・暖かい・・・歌・・・

すぅっ、と、エドの意識が浮上する。

ゆっくりと瞳を開くと、目の前にアルとテスの顔が見えた。

「兄さん!」

目を開いたエドを見て、アルが声を上げる。

「大丈夫?!あぁもう、どうしようかと思ったよ〜!」

「あぁ・・・ごめん・・・」

エドが体を起こそうとすると、アルの反対側に居たテスがそれを制した。

「疲れが溜まっていたんだ。もう少し横になっていなさい。」

テスの言葉に、エドは素直に従った。

辺りを見回すと、そこは宿の部屋だった。

アルが運んでくれたのだろう。

「・・・なぁ・・・」

「ん?」

「さっきの子守唄・・・テスが歌ってたの・・・?」

「ああ、うん、そうだよ。」

なんで?と続けられた言葉に、エドは少し、笑った。

「ちゃんと、女の人の綺麗な声だった。」

テスは一瞬瞳を大きく見開くと、笑った。

「当たり前だろ。女なんだから。」

そう言って、テスはエドの額をぴん、と、指で弾いた。

「あぁ、そうだ。」

不意に何かを思い出したように、テスは席を立つと、トランクの中から数枚の紙の束を出した。

「君にね、渡す物があるんだ。」

はい、と、テスはその束をエドに手渡した。

「何これ・・・譜面・・・?」

その数枚の紙は、楽譜だった。

印刷されたものでは無く、手書きのもの。

その楽譜はほんの少し、インクの匂いがした。

「今日のコンサートで歌った曲の楽譜だよ。これを君に貰って欲しいんだ。」

「え・・・」

テスは笑みを浮かべると、エドの髪を撫でた。

「水を貰って来るよ。喉が渇いただろう?」

そう言って立ち上がり、テスは部屋から出て行った。



エドとアルの部屋を出たテスは、ドアに背を預けて頭を垂れた。

ゆっくりと、両手を開く。

その手はまるで、蝋のように白かった。

「もう・・・こんなに・・・」

小さく、言葉を漏らす。

テスの体温は、先程よりも急激に下がっていた。

理由は、解っていた。

人体練成で痛覚を失ってから、徐々に、色々な感覚が失われていった。

味覚や嗅覚、視覚も段々失われつつある。

「もう少し・・・もう少し持ってくれ・・・」

ふらり、と体を起こすと、テスはゆっくりと階段を降り始めた。



「なぁ、アル。」

「ん?」

「人の手ってさぁ、温かいよなぁ・・・」

自分の両手を見比べながら、エドは口を開いた。

「どうしたの?急に。」

「うん・・・さっきテスが髪を撫でてくれた時・・・テスの手・・・
氷みたいに冷たかったんだ・・・」




                    
次の日、エドが目を覚ますと同時に、アルが部屋に飛び込んで来た。

「兄さん大変だよ!テスさんが出て行っちゃった!」

「何だって?!」

エドは弾かれたようにベッドから飛び出した。

「そろそろ兄さんが目を覚ます頃だと思ってテスさんを朝食に誘いに行ったら
もう部屋は空っぽで…テーブルにこれがあったんだ…」

そう言って、アルは白い封筒を差し出した。

アルの手から封筒を受け取り中を見る。

そこには手紙と、テスの銀時計が入っていた。

手紙を広げ、文字を追う。



『エド、そしてアルへ。


君達がここへ来た時、とうとう私は消されるのだと悟りました。

禁忌である人体錬成を行った時点で、私の中には消せない罪が刻み込まれ、

それは永遠にあり続けるのだと言う事は解っていました。

私は、逃げるつもりは無かった。

それよりも前にもう、既に自分の時間が残り少ない事を悟っていたから。


人体錬成を行って、私は色々な物を失いました。

まず、弟を。

そして体の一部や感覚。

痛覚を失った事は言いましたね。

その後、徐々に他の感覚も無くなりつつあったのです。

味覚や嗅覚、聴覚、視覚。

これを書いている今、もうほとんどぼんやりとしか目が見えません。

もう長くない事は、明らかです。


私は、私の時間が無くなる前に、弟達に会いに行こうと思います。

短い間だったけれど、君達に会えて本当に良かった。

まるであの子達と居るみたいで、楽しかった。


本当にありがとう。



リィン・テス・セイラム』




丁寧に綴られた手紙は、そこで終わっていた。

「テスさん…自分で命を絶つつもりなのかな…」

沈んだ声で、アルが呟いた。

違う…

そうじゃない…

テスは自分に約束された時間の終わりを潔く受け入れるつもりなんだ…

エドは手紙を封筒にしまい込むと身支度を始めた。

「兄さん?」

「行くぞ。俺達は最後まで見届けなきゃならない。」

そしてロイに伝えなければならない。

ロイが自分を選んだ理由が、やっと解った。

ロイは恐らく知っていたのだ。

だから最後まで見届けて欲しかったのだ。

ロイの代わりに。



エド達はすぐに宿を引き払い、テスを追って列車に飛び乗った。



そこは、リゼンブールに良く似た場所だった。

季節ごとに色を変える野や森。

遠くまで続く小路。

エドはその場所に懐かしさを覚えた。

しばらく歩くと少し先に見える小高い丘の上に、一軒の家が見えた。

恐らくあれがテスの家だろう。

近くまで行くと、木にぶら下がった小さなブランコが見えた。

それは長い間雨風に晒されたせいで、ぼろぼろになっていた。

玄関の方を観るとドアが半開きになっていた。

テスは居るのだろうか。

そっとドアを押すと、ギイィ、と、重く軋んだ。

ほんの少し、湿気の匂いがする。

だが思った程中は荒れておらず、むしろ綺麗に片付けられていた。

全ての部屋を観て回ったが、テスの姿は何処にも無かった。

小さく息を付くと、外からアルが呼ぶ声がした。

部屋を後にし、外に出る。

「兄さん、あれ…」

そう言って、アルは家の裏手を指した。

少し離れた所に、人影が佇んでいるのが見えた。

燃えるような、赤い髪。

テスだ。

エドは人影に向かって歩き出した。

近づくにつれ、人影がはっきりとして見えて来る。

先程までは赤い髪でテスだと認識出来た程度だったが、段々服装まで把握出来るようになって来た。

ふわり、と、長いスカートが風に靡くのが見えた。

テスは、本来の、あるべき姿に戻っていた。

後数メートルの所まで近付いて、エドはテスが何故そこに佇んでいたのか把握した。

ふたつの小さな墓標が、そこにあった。

テスの弟と、妹の墓標。

足を止めたエドは、墓標の前に佇むテスに声を掛ける事が出来なかった。

「やっぱり来たのね・・・」

不意に、テスが言葉を紡いだ。

その声は『テス』の物では無く。

『リィン』としての物だった。
作品名:ただ一度だけの永遠 作家名:ゆの