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ヨークアンドランカスター

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 ひとつ大きなくしゃみが響く。
 Shit, やはり湯冷めをしたかとブツブツと悪態を吐きつつ、未だポタポタと雫が垂れている髪を、肩に掛けた手拭いでゆっくりと拭う。殆どの水滴が手拭いに吸われた頃、背後へと声を投げた。
「いつまでそうしている気だ? 真田幸村」
 部屋の中に幸村の姿は無い。障子ひとつ隔てた向こう、廊下に頭を垂れ座している幸村に、政宗は問うたのだ。
「……政宗殿のお赦しがあるまでは入れませぬ」
「そんなこと言ってオレが赦さなかったらアンタどうするんだよ」
「うっ……」
 その反応は何も考えてなかったな。政宗は少し可笑しくなった。
「入んな」
 赦しを告げられ、そろそろと部屋に入る幸村の髪もまた濡れており、雫がぼたぼたと肌に沿い垂れていた。その様子に少しだけ顔を歪め、だが余り表情には出さず、畳が濡れるから拭けと手拭いを投げ渡す。受け取り幸村は素直に動き始めるも、そののろのろとした拙さが見ていられずにやっぱり貸せと手拭いを引ったくり、後ろから幸村の髪を拭き始める。その行動に幸村は驚き止めようとしたが、政宗はそれを一喝し黙らせる。そうして再び大人しくなった幸村の後ろに陣取った。
 触れた髪は思ったとおり硬くパサパサしていた。一房だけ長く伸ばされた髪の流れに沿って手拭いを滑らせる。
「真田幸村、アンタ衆道の気があったんだな」
「な、違いまする!」
「そうかぁ? まあいいんじゃねぇか。武士の嗜みってやつだろ」
「も、もしや政宗殿にも誰かその様な……!?」
「バーカ。残念だがな、オレはアンタのことは何とも思っちゃいねぇぜ」
「分かっておりまする……」
 語尾が弱くなっていく幸村の髪をわしわしと拭いていくと、その振動で顕わになった首筋に政宗は視線を流す。ひとしきり拭い終えた手拭いを放り、幸村の肩に手を置き耳元で囁くと、手の下の身体がピクリと小さく揺れた。
「ヨークアンドランカスターってのは、元々欧州のどっかの貴族達だ。ヨーク家とランカスター家。対立したその家の紋が紅と白の薔薇でな、まぁその対立と言っても小さな小競り合いでなく、もっとでかい。オレたちで言うところの国取りと同じだ。戦いの結果両家は融合した形になった訳だが、この華はそれに因んで名付けられてる。面白いぜ、歴史の形がこうして残ってるなんてな」
 低く耳を打つその薀蓄を、聞いているのかよく分からない声音で相槌を打つのは幸村だ。一体何が言いたいのか思案していると、首筋にぬるりとした感触がし、次いで小さい痛みが奔ったのを認め驚きに声を上げた。
「な、今……!?」
 痛みの奔った首筋を押さえ振り向くと、政宗がMarkingだと口を開く。
「言ったよな白地に紅が差す、見事な華だと。――オレはアンタには懸想してねぇが、アンタの首はオレのもんだ。それだけは言える」
 欲しいのはソレだ。
 だが今はその首、血の紅で染める代わりにそれで我慢してやる。
 そう笑う政宗の視線を真っ向に受け、某も同じでありますればと幸村は応える。押さえた首筋がじんわりと熱くなる気がした。そうして漸く緊張が解れたのか、フニャリと笑いながら口を開いた。
「今度は、上田の秘湯にも政宗殿をご招待したい」
「Oh, いいねぇ、真田の隠し湯ってやつか。でもなぁ、また今回の様なことはご免だぜ」
「あ、あれは申し訳ござらん……ですが」
「Stop, その先は不毛だ。そうだな、オレをその気にさせてみることが出来るなら考えてやってもいいぜ」
 出来るものならな、と高を括るのは政宗。ニヤリと笑う口の端に小さく歯が見える。
「その勝負、受けて立ちましょうぞ」
 そう息巻く幸村の目は、戦場で見えるいつもの虎の若子のものだった。
 ゾクリ、背に震えが奔る。その眼のアンタなら分らないかもな、と政宗の胸の内に微かな予感がしたが、今はそれを見ない振りをした。