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HAPPY BIRTHDAY

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嫁ってなんだろうか。嫁って言ったら嫁であって、嫁以外の何でもなくて、嫁だから嫁で嫁が嫁なわけで…つまりなんだ。俺が言いたいのは…


「セーシェルー!!ビア!!」


「はいはーい!今持って行きますから待っててくださいねー」


俺が言いたいのは…


「セーシェル〜お兄さんにもー!」


「はいはいはいっ!」


だから…


「セーシェル早くこっちに来るといいのですよ!そんなのイギリスの野郎にまかせておけばいいですよ」


「…ちょっと待っててねシーくん。特製トロピカルジュース用意してるから!」


俺が…


「…アメリカ。ちょっとは僕たちも手伝った方が…クマ次郎さんもそう思うよね?」


「…誰?」


「…カナダだよ!少し前まで世界一盛り上がってた場所じゃないかっ!!」


…俺が言いたいのは…っ


「…イギリス食べないのかい?ならそれ俺に…」


「…今日何の日か言ってみろ、お前ら…っ!」


イギリスは、自分の皿に乗せられたマッシュポテトに手を伸ばそうとしている隣のメタボもとい、かつては実の弟のように可愛がってやっていたが、今やその見る影もなく憎たらしい成長を遂げたアメリカを、透き通るような碧色の瞳で鋭く睨みつけた。
そんな彼の視線を物ともせず、アメリカは飄々と自分の手に持つフォークをずぶっとそのポテトの山に突き刺すと、できるだけフォークの腹に乗せんとばかりにぐるりとそれをすくう。


「…おい!勝手にとんなばか!」


今にも彼の口に放り込まれそうになっているそれを、無理矢理自分の口の中へと引っ張り寄せて、ひとつ残らず舐めとってやれば、イギリスは用済みになったフォークからぱっと手を離した。


「…君はいつからそんなにガキ臭くなったんだい?」


「ほっとけ…」


「あ〜ぁ、やだやだやだ!男の嫉妬ほど見苦しいものはないね…イギリス」


テーブルを挟んで二人のやりとりを傍観していたフランスが、赤い宝石のごとく艶めく液体の注がれたグラスをゆるりと一度回して、その薄い唇にすーっと流し込んだ。少しばかり頬が赤く染まっている様子からも、なかなかに酔いが回っているのは端から見ても明らかである。


「…何が言いたいんだよ、髭」


「だ〜か〜らぁ〜、さっきからブスッとした面下げてんの気付いてないのか?そんなにセーシェルが作った飯を他人に食われんのが嫌か?…っ、ぶっははっははははっ!お前の嫉妬深さも相当だなほんと!!セーシェルも苦労するよまったく…っくくく」


何がそんなに可笑しいのか、どこにツボが入る要素があったのか、当の本人以外分からないのが酔っ払いの笑いである。ひいひいとひきつらせながら笑い続けるフランスの姿に、イギリスの白く透き通った肌はさっと赤みを差して、その固く握り締めたこぶしを微かに震わせた。


「ば、ばか言えっ!誰がそんなことくらいで…っ」


そうは否定するも実のところまるっと図星なのだから、イギリスの口はそれ以上誤魔化しえないのであって、自分の皿から残りのポテトを全部すくって口に突っ込むことで、その場をやり過ごすくらいしかできなかったわけだが。しかし口内に広がる最近慣れ始めた彼女の味付けに、自然とその強張った口元も緩んでしまうというもの。
なんせイギリスとセーシェルは、いわゆる世間一般的にいう新婚さんというやつで、二人でこのこぢんまりとした一軒家に越してきてまだそう日も経ってはいない、初々しさ溢れる時期なのだ。かくして、早々に二人の甘い時間をお預けされたイギリスは、ほとほと機嫌が悪かった。昨日ならまだ許せた。そして明日でも明後日でも明々後日でもそれは同じことだった。つまりこの日。この今日という日だけは二人で過ごしたかったのだ。彼女が自分に与えてくれた特別な日。どんなに欲しくても手に入らなかったこの日。何度も諦めて、仕方ないと寂しさを呑み込んで、それでもそんなの許さないと、彼女が泣いて自分に授けてくれたこの今日という日。


「…イギリスさんは何か欲しいものあります?」


キッチンから大量の瓶を抱えて戻ってきたセーシェルが、イギリスの隣にちょんと腰を下ろすと、彼のうつむく顔を覗き込んだ。


…そんなの一つだ。


イギリスはそう思うが、彼女に素直に伝えるにも、その無駄に高いプライドが邪魔をする。ましてや他人が周りにいるこの状況で、そんなことを言えるわけがない。


「…いいからここにいろ」


唯一、それが欲しいものに一番近い…


「…聞いたか?アメリカ」


「ああ、聞いたよ、フランス」


「『いいからここにいろ』、……ぶっ、…ぶっははははっははっはははは!!!」


「随分と丸くなったものだよ、ホント。昔はあんなにつんけんしてたっていうのにさ…」


〜〜〜〜っ、こいつらはどれだけ人をからかえば…


「お前らな…っ!」


「わーったわーった!よーし今日は呑むぞイギリスーー!!……セーシェルといちゃつこうなんざ100年早いんだよこの野郎っ!」


フランスはイギリスの肩に腕をまわして自分の方へ引き寄せると、その口に手にしていたビール瓶の注ぎ口を突っ込んだ。


「セーシェル、ビール瓶10本追加頼むよ!」


「ア、アメリカ、あんまり呑ませると……クマ太郎さんもそう思うよね?」


「…だr「もううんざりだよ!!!聞き飽きたよそれ!!!!イギリスさん今日はとことん一緒に呑みましょうねっ!!」


「あー!イギリスたちだけずるいです!!!僕もお酒飲むですよ。シーくんは一人前の国なので飲んでも大丈夫ですから。イギリス、一口寄越すがいいですよ!」


セーシェルは、そんな客人たちと自分の夫のやりとりをただ茫然と見ていたが、しばらくすると、その頬をふわりと緩ませて小さな溜息をついた。
今日はなんだかイギリスの様子がおかしくて、自分が彼らを呼んだことは間違いだったのかもしれない、そんなことを内心心配していたのだがどうやら杞憂だったらしい。
嫌な顔をしているように見えて、その口元が少しばかり緩んでいることをセーシェルは知っている。
…嬉しくて仕方ないのだ。自分のためにこうして集まってくれている彼らの存在が。過去のしがらみも何もかも認め合って、それでもなおこうして笑い合いながら酒を酌み交わすことのできる現代(いま)という時間が。


「セーシェル!お前もそんなとこ突っ立ってないでこっち来い」


そしてセーシェルは、そこに自分も含めてくれる彼が愛しくて仕方ないのだ。


「呑み過ぎないで下さいよ。後で大変なのは私なんですから」


小さな島の大きな国にある大きな都市の片隅、小さな小さな一軒家に今夜もあたたかな火が灯る。
今日は冷える。セーシェルは自分の肩に一枚羽織ると、微笑む彼の少しばかり自分より大きな手をとった。



*



ぽと、ぽと…っ

作品名:HAPPY BIRTHDAY 作家名:もいっこ