HAPPY BIRTHDAY
セーシェルは一人、キッチンのシンクの前に立っていた。あの後、散々呑んで酔いつぶれた彼らを(もちろんシーランドにはジュースしか飲ませていないが、眠気には勝てなかったようでイギリスの隣にうずくまって寝ている)世話し、散らかったリビングを黙々と片づけ、ようやく大量の汚れた洗い物をぴかぴかに仕上げ終わったところだった。しっかり栓をしてもなお蛇口からリズムを刻んで溢れ出る雫に、明日にでもイギリスに直してもらおうなんてことを思いながら、その雫が落ちるそこにグラスを滑らせる。
「…セーシェル」
薄暗く肌寒いキッチンはなんだか人を不安にさせる。背後から突然掛けられた声に、セーシェルはびくりとその肩を震わせると、恐る恐る後ろを振り返った。
「イ、 イギリスさんかぁ…もう脅かさないでくださいよー…」
「ん」
酔いがまだ醒めていないのだろうか。
とろんとまぶたの重そうな表情に、うっすらと赤みを帯びている彼の白い肌に、セーシェルは蛇口に手をかけて先程のグラスに水を注ぐと、それをイギリスへと手渡した。
「目覚めちゃったんですか?とりあえず水飲んだら、他の人たちお布団に運ぶの手伝って…くだ……さ………あ、あの、イギリスさん…?」
てっきり大人しく水を飲んでくれるとばかりに思っていたのだが、イギリスは持っていたコップをキッチン台の上に置いて、気づけばセーシェルを挟み込むように手をついていた。
「…まだ貰ってない」
「はい…?」
「後10分で明日だぞ……俺、お前からまだ…」
ようやく合点がいく。彼は自分にプレゼントを催促しているのだ。
騒ぎで頭の片隅に追いやられていた、その存在をセーシェルはようやく思い出して、寝室に隠しておいたそれを取りに行こうと彼の体を少しばかり押し返した。
「ちょっと待っててくださいね。いま……」
「間に合わないだろ。今くれ」
いや、間に合うだろ十分。そう思わず心の中で突っ込みをしてしまうほどに、イギリスの言動はおかしかった。寝室までほんの1分もかかりはしない。どう見繕っても後10分後にはその袋の中身を彼に手渡せることができているだろう。
…酔っているのだろうか。
「すぐ戻りますって」
「やだ」
「じゃあ、あげませんよ」
「…やだ」
「はぁー…、駄々っ子じゃないんですから…」
「いろよ。ここに」
「だからすぐ戻ってきますって」
「戻って、こないかもしんねぇじゃねーか…」
「…」
これは…酔っている。
だいたい弱音を吐き出すのは酒が入っている時であると、もう何百年と彼と一緒にいて嫌というほど分かっていた。
イギリスがセーシェルの腕を引っ張り寄せ、ぎゅっとその体を抱きすくめる。熱い吐息が彼女の耳をかすめて、一瞬でセーシェルの体の熱が増す。
「い、いっ、いいいぎりすさん…!ちょっとなんてことを…っ」
すぐそばにはまだ彼らが寝ているのだ。
セーシェルがじたばたともがきだせば、イギリスはすぐさま彼女の唇を奪って、首筋に熱い指を這わせたかと思うと、その熱を帯びはじめる頬をぐっと自分の方に引き寄せた。唇の隙間を舌で割り込んで口内を犯していく。息の切れた吐息と互いの唇が紡ぎだす音が微かにキッチンに響いて、自然と鼓動がはやぐ。
「…なぁ、していいか?」
「っはぁ…、な、何言ってんですか…!こんなところで…っ」
セーシェルの非難めいた声が聞こえているのか、いないのか、イギリスは何度も彼女の首筋に唇を落としていく。その指がついに服の裾をたくし上げて、吸いつくような彼女の肌に触れると徐々に上へと撫で上げていく。ふいに彼の指がそこをかすめて、セーシェルは大きく体を震わせた。
「いぎりすさん…っ、だめですって…!」
「………しっかり濡れてんじゃねーか」
そのからかうような物言いにセーシェルの顔が羞恥に染まる。
けれど仕方ないではないか。こんなに熱っぽい目で自分を見つめる彼は久しぶりで、嫌でも胸が苦しくなる。呼吸さえも奪われてしまう。
「………………せ、せめて別のところで」
絞り出した声はひどく小さく、イギリスの耳に微かに届く程度。それでも彼の耳を熱くするのには十分すぎるほどに甘い声で…
もう一度その甘く濡れた唇を啄めば、イギリスは彼女の耳元にその唇を寄せた。
「なぁセーシェル、お前からまだ聞いてない」
「…ふぇ?」
「言ってくれよ。お前の口から聞きたい」
他の誰でもない。世界でいちばん大切な君から…
「ん、…お誕生日おめでとうございます、イギリスさん」
セーシェルのかかとがゆっくりと床を離れて、その腕をイギリスの首にまわす。部屋に飾られたアンティーク時計が、二つの針を重ねると同時に夜のはじまりを告げた。
〜HAPPY*BIRTHDAY〜
(毎年、君に出会えたことに感謝するんだ)
*
「なぁ、そろそろ邪魔しに行っても許されるよな。あいつら本気でおっぱじめるぞ」
「駄目だフランス…っ、見つかったらただじゃすまないんだぞ!だいたいこういうのはこっそりと覗くものだって昔イギリスに教わったんだ」
「イギリスとセーシェルは何やってるですか?僕も仲間に…」
「だ、ダメだよシーくん…!こっち来ちゃ…っ、あっちで寝ててね」
イギリスの怒声とセーシェルの悲鳴が響き渡るまで後3分。
Fin.
作品名:HAPPY BIRTHDAY 作家名:もいっこ