おやすみ、エトランゼ
1.
目を閉じて、外界からの視覚情報を遮断する。聴覚にも制限をかけると、自分の周囲を取り巻いていた物音が、遥か彼方へと遠ざかる。
一筋の光さえも感じない真っ暗闇の中で、今度は少しずつ意識レベルを下げていく。意識レベルが最低値まで下がったら、その状態を保持して十秒、二十秒、三十秒……。
〈……駄目だな、全く安定しない〉
一分も経たない内に、アストラルはばちりと目を開けた。金と白の双眸が、屋根裏部屋の闇の中できらりと光る。
アストラルはやや仰向けの姿勢で、ふよふよと宙を漂っている。腕組みをしながら彼は、つい今しがた失敗した「睡眠の実践」について考えた。
人間は、一日のターンの終了後に、睡眠と呼ばれるフェイズに入る。睡眠時間中に心身の休息と記憶の再構成等を行い、再び覚醒して次のターンへと移る。
これまでの観察結果を総合して、人間の睡眠に近い状態を、アストラルは自分なりに作り出してみた。だが、アストラルがその状態になると、どうしても精神が不安定になり、最後の最後で失敗してしまう。
当の観察対象は問題なく休息をとれているのに、とアストラルは横目で「観察対象」――九十九遊馬を眺めやった。
アストラルから少し離れたところで、遊馬はいつも通りハンモックに揺られて眠っている。覚醒時には強い光を宿して見上げてくる赤い目も、今は瞼の裏に隠れたままだ。
能天気な笑みを浮かべて寝息を立てる遊馬に、アストラルはため息をついた。
この不安定な状態で彼は、よくもまあ安定した休息がとれるものだ。ある意味感心する、と。
アストラルが休息をとる方法は単純だ。意識レベルを通常より下げればいい。
わざわざ視覚を遮断せずともよい。聴覚も、通常時よりは鈍るが、必要とあらば音声を拾うことができる。
それを、遊馬は何と表現したのだったか。
「目ぇ開けたまま寝るなんて、変な奴」
〈私から言わせれば、君たちの方が変だ。休息するのに、感覚の大半を制限する必要があるとは。無防備過ぎてあまりにも危険だ。現に、何者かが部屋に侵入してきた時も、君は目を覚まさなかった〉
「――あ、あれはしょうがねえだろ! 夜中に人の部屋に忍び込んであれこれするような奴、普通はいねえよ、普通は! てか、怪しい奴が入ってきたらすぐに起こせ。いいか、今度から絶対起こせよ」
起こしたら起こしたで、君はすこぶる不機嫌になるくせに。アストラルは、言いたい文句を心の中に留めておいた。もし、これをそのまま遊馬に告げれば、彼はすぐさまきいきいと騒ぎ立てるだろう。騒ぎ過ぎて階下にいる明里をここに召喚してしまうのは、双方にとって得策ではない。
遊馬は一度睡眠に入ると、よほどのことがない限り朝まで目を覚まさない。規定の起床時間を過ぎて、慌てて飛び起きるなんてことはざらだ。アストラルが気をきかせて早めに起こそうとしても、返ってくるのは不明瞭な悪態ばかり。その結果、時計が八時を指したころに、遊馬は起床することになる。
人間にとって睡眠はとても大事なものなのだと、アストラルは遊馬に教わった。だから、遊馬が寝坊するのは仕方のないことなのだ。夜間だけでは寝足りないのか、授業中にしょっちゅう居眠りをするのもそれ故なのだ、きっと。
この時間帯の屋根裏部屋は、遊馬の寝息と寝言で満ちている。遊馬の住まうこの部屋は、彼が寝ても覚めてもにぎやかだ。
「……オレ、の、ターン。ドロー……」
右腕をぶんと振り回し、遊馬は脱力感溢れる声で自らのターンを宣言した。アストラルはその様子を、上から覗き込んでこと細かに観察している。
遊馬曰く、人間は睡眠時に夢というものを見るらしい。夢そのものを観察する能力はアストラルにはないが、寝言からして、目の前の人間がデュエルの夢を見ているということは理解できる。
だが、とアストラルは額に手をやった。デュエルにしては、全くつじつまが合っていない。
〈待て、遊馬。どうして君は、そのタイミングでそのカードを発動する。それで本当に相手にダメージを与えられたのか。それ以前に、そんなモンスターの名前は私の記憶にはない〉
「うー、うる、せぇ……」
遊馬曰く、夢には支離滅裂なものもあるという。それでも、一デュエリストとして、アストラルは放置しておけなかった。もしアストラルに夢に介入する力があったなら、彼はすぐにでも遊馬に適切なアドバイスをしに行っただろう。
目を閉じて、外界からの視覚情報を遮断する。聴覚にも制限をかけると、自分の周囲を取り巻いていた物音が、遥か彼方へと遠ざかる。
一筋の光さえも感じない真っ暗闇の中で、今度は少しずつ意識レベルを下げていく。意識レベルが最低値まで下がったら、その状態を保持して十秒、二十秒、三十秒……。
〈……駄目だな、全く安定しない〉
一分も経たない内に、アストラルはばちりと目を開けた。金と白の双眸が、屋根裏部屋の闇の中できらりと光る。
アストラルはやや仰向けの姿勢で、ふよふよと宙を漂っている。腕組みをしながら彼は、つい今しがた失敗した「睡眠の実践」について考えた。
人間は、一日のターンの終了後に、睡眠と呼ばれるフェイズに入る。睡眠時間中に心身の休息と記憶の再構成等を行い、再び覚醒して次のターンへと移る。
これまでの観察結果を総合して、人間の睡眠に近い状態を、アストラルは自分なりに作り出してみた。だが、アストラルがその状態になると、どうしても精神が不安定になり、最後の最後で失敗してしまう。
当の観察対象は問題なく休息をとれているのに、とアストラルは横目で「観察対象」――九十九遊馬を眺めやった。
アストラルから少し離れたところで、遊馬はいつも通りハンモックに揺られて眠っている。覚醒時には強い光を宿して見上げてくる赤い目も、今は瞼の裏に隠れたままだ。
能天気な笑みを浮かべて寝息を立てる遊馬に、アストラルはため息をついた。
この不安定な状態で彼は、よくもまあ安定した休息がとれるものだ。ある意味感心する、と。
アストラルが休息をとる方法は単純だ。意識レベルを通常より下げればいい。
わざわざ視覚を遮断せずともよい。聴覚も、通常時よりは鈍るが、必要とあらば音声を拾うことができる。
それを、遊馬は何と表現したのだったか。
「目ぇ開けたまま寝るなんて、変な奴」
〈私から言わせれば、君たちの方が変だ。休息するのに、感覚の大半を制限する必要があるとは。無防備過ぎてあまりにも危険だ。現に、何者かが部屋に侵入してきた時も、君は目を覚まさなかった〉
「――あ、あれはしょうがねえだろ! 夜中に人の部屋に忍び込んであれこれするような奴、普通はいねえよ、普通は! てか、怪しい奴が入ってきたらすぐに起こせ。いいか、今度から絶対起こせよ」
起こしたら起こしたで、君はすこぶる不機嫌になるくせに。アストラルは、言いたい文句を心の中に留めておいた。もし、これをそのまま遊馬に告げれば、彼はすぐさまきいきいと騒ぎ立てるだろう。騒ぎ過ぎて階下にいる明里をここに召喚してしまうのは、双方にとって得策ではない。
遊馬は一度睡眠に入ると、よほどのことがない限り朝まで目を覚まさない。規定の起床時間を過ぎて、慌てて飛び起きるなんてことはざらだ。アストラルが気をきかせて早めに起こそうとしても、返ってくるのは不明瞭な悪態ばかり。その結果、時計が八時を指したころに、遊馬は起床することになる。
人間にとって睡眠はとても大事なものなのだと、アストラルは遊馬に教わった。だから、遊馬が寝坊するのは仕方のないことなのだ。夜間だけでは寝足りないのか、授業中にしょっちゅう居眠りをするのもそれ故なのだ、きっと。
この時間帯の屋根裏部屋は、遊馬の寝息と寝言で満ちている。遊馬の住まうこの部屋は、彼が寝ても覚めてもにぎやかだ。
「……オレ、の、ターン。ドロー……」
右腕をぶんと振り回し、遊馬は脱力感溢れる声で自らのターンを宣言した。アストラルはその様子を、上から覗き込んでこと細かに観察している。
遊馬曰く、人間は睡眠時に夢というものを見るらしい。夢そのものを観察する能力はアストラルにはないが、寝言からして、目の前の人間がデュエルの夢を見ているということは理解できる。
だが、とアストラルは額に手をやった。デュエルにしては、全くつじつまが合っていない。
〈待て、遊馬。どうして君は、そのタイミングでそのカードを発動する。それで本当に相手にダメージを与えられたのか。それ以前に、そんなモンスターの名前は私の記憶にはない〉
「うー、うる、せぇ……」
遊馬曰く、夢には支離滅裂なものもあるという。それでも、一デュエリストとして、アストラルは放置しておけなかった。もしアストラルに夢に介入する力があったなら、彼はすぐにでも遊馬に適切なアドバイスをしに行っただろう。
作品名:おやすみ、エトランゼ 作家名:うるら