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おやすみ、エトランゼ

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 2.

「……ぃよっしゃあっ、……うへへ……」
 支離滅裂なデュエルは、数ターンの後に唐突に終了した。遊馬の満足げな台詞と表情から察するに、彼はこのデュエルに勝利したようだ。
 やれやれ、やっと終わってくれたか。悶々とした気分から解放され、アストラルは、ほっと一息ついた。
 あの後、アストラルは延々と遊馬の寝言を聞かされ続けていたのだ。寝言を無視して鍵に潜伏してもよかったのだが、仮にもデュエルと名の付くものを放っておくことなど、アストラルにできはしない。
 さて、これからどうすればいい。遊馬の観察を続けるか、それとも、鍵の謎を解明しに行くか。
 アストラルは後者を選び、早速鍵の中に入るべく遊馬の胸に手を伸ばした。と、その指先が胸のところすれすれでぴたりと止まる。
 例の金色の鍵は、先ほどの遊馬のカードドローの動作で、定位置だった胸から跳ね上がってしまっていた。鍵は現在、遊馬の肩からぶら下がってゆらゆら揺れている。 
 アストラルの目の前にあるのは、シャツに包まれた平坦な胸。遊馬が呼吸をする度に、胸は上下に波打つ。その動きに、アストラルは興味を惹かれた。
〈遊馬〉
 小声での呼びかけには、安らかな寝息が応えた。
 試しに、アストラルはすれすれで止めていた指先を、ひたりと遊馬の胸に這わせる。触れた先から伝達されるのは、温かな皮膚の感触と、時折指を押し返す抵抗力。それと。
〈何だ? この振動は〉
 一定時間をおいて拍を打つ、こちら側の奥底まで響いてきそうな振動。この不可思議な振動は、一体どこから伝わってくるのか。アストラルは、一旦手を離して自分の胸に当ててみる。自分の身体からは、今と同じような振動は認められない。
 振動の正体を知るべく、注意深く手のひらを置いて確認する。しばらくの間、青白い手のひらは遊馬の胸をぺたぺたと這い回っていたが、触覚だけでは分かりづらいと知るや、すぐさま離れて行った。
 今度は身を屈めて、アストラルは左耳を直接遊馬の胸に当ててみた。一拍の間をおいて耳から流れ込む重低音。精神を揺さぶるような音声に少々たじろぐも、気を取り直して耳を澄ませる。
〈なるほど。この音声は遊馬の内部構造が出しているのか〉
 胸部の中心、やや左寄りで脈を打つ音。所々で柔らかくうごめく器官。各器官を一つに繋げる、さらさらとした液体の流れ。それらはアストラルに不快感をもたらさなかった。それどころか、快いとさえ感じさせた。
 遊馬の胸に覆いかぶさる格好で、アストラルは頭の据わりのいい場所を探した。落ち着ける場所を見つけると、彼は遊馬の寝顔をそっとうかがう。アストラルに色々触れられているのにも関わらず、遊馬は未だに夢の中。全くの無防備だ。
 遊馬が、ここまでアストラルに観察させてくれることは、めったにない。許されるのは、せいぜい目視がいいところだ。この際だからと、アストラルは目を閉じて感覚を聴覚と触覚に集中させた。
 聴覚から伝わる重低音が、精神の隅々までしみ渡る。何故だかそれがとても心地よい。
 身体の持ち主が眠ってもなお動く、人間の内部構造。エネルギーの摂取と排出という永久コンボを繰り返し、日々のターンの中で人間を生かしている。それはまるで、完全なデュエルタクティクスに似ていて……。
〈……。……。……!〉
 いつの間にか、意図しないところまで意識レベルが下がっていた。すんでのところで意識の主導権を取り戻し、アストラルは目をぱちりと開けた。
 ここまで意識のコントロールが不能になることは、今までにあまりなかった。こんな非常事態は、デュエル中にナンバーズを奪われそうになって以来だ。これはどういうことなのか。全然訳が分からない。
 しかし、この精神状態はどうだ。不安定さはどこにも感じられず、むしろ安定していると言っていい。先ほど「睡眠」を擬似的に行った時とは大違いだ。
 そこまで思案して、アストラルはふと気付いた。
 波打つ遊馬の胸を枕にしているこの状況。聴覚からは、遊馬の身体から反響する音声。すがる手のひらからは、温かな皮膚の感触。アストラルの感覚は、絶えずこれらの情報を伝えていた。アストラルが意識を手放しかけた、その時までも。
 これらの感覚と繋がっていたために、世界の全てから切り離されたような不安定感に苛まれることはなかったのだ。 

 窓から零れる月の光を浴びて、遊馬はこんこんと眠り続けている。アストラルをこの異世界に、たった一人置き去りにして。
 例え二人が片時も離れられない身の上であったとしても、同じ夢の中にまで共に行くことはできない。だから、せめて体感してみたかった。遊馬と同じ感覚を。 

 青い唇が、ぽつりと動く。
〈――遊馬〉
 呼びたかったから呼んだだけだ。相手からの返事を期待するのは無駄。そのはずだったのだが。
「……何だよぉ、アストラル……」
〈……〉
 金と白の切れ長の目が、僅かに見開いた。それも一瞬のことで、次第に瞼が降りてきて、最後にはしっかり閉じられる。
 アストラルは手近な温もりに頬を擦り寄せ、これまでの観察結果をまとめられる内にまとめた。 

 やはり、感覚はある程度解放しておいた方が都合がいい。その方が、安定して休息できる。
 試行錯誤の末に導き出した結論に一人納得し、アストラルはようやくつかんだ「睡眠」に身を委ねた。


(END)


2011/6/28
作品名:おやすみ、エトランゼ 作家名:うるら