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アムネジア

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その日、エドはいつものように東方司令部へと向かっていた。

記憶を失っているエドは、ロイから自分の話を聞くのが楽しみだった。

いや、正確には。

ロイに逢う事が、楽しみだったのだ。

自分の仕事も忙しいだろうに、わざわざエドの為に時間を割いて嫌な顔ひとつせず話をしてくれる。

寧ろエドの話をしてくれているロイは、楽しそうでもあった。

エドは、そんなロイに惹かれていた。

おかしいのではないか。

そう、思ったりもした。

しかし、自分の気持ちには嘘はつけなかった。

俺、この人が好きだ。

ロイに逢う度に、認識する。

ずっと・・・この人と繋がっていられればいいのに・・・

何度、そう思ったか知れない。

そして同時に、自分の記憶がこのまま戻らなければいいのに、とも思うようになっていた。

もしも戻ってしまったら、ロイは自分に対して優しい瞳を向けてくれなくなるのではないだろうか。

元の記憶を取り戻したと同時に、今の記憶を失ってしまうのではないか。

それだけが、エドの心を不安にさせていた。


「エドワード・エルリックさん?」


不意に自分の名を呼ばれ、振り返る。

そこには軍服を着た二人の男が立っていた。


「お迎えに上がりました。エドワード・エルリックさん。」


背の高い方の男が、言った。


「お迎え?」

「ええ、お連れするようにと言われましたので。」


今度は背の低い方の男。

一体何だろうと思いながらも、きっと自分の知らない所で何かあったんだと思い、
エドは二人の男に言われるまま、車に乗り込んだ。



暫らくして、ふとエドは目を醒ました。

あれ・・・?俺確か車の中に居た筈なのに・・・

ゆるゆると体を起こす。

辺りを見回すが、薄暗くて様子が解らない。

だが、床は石畳らしいと言う事は、感触で把握出来た。

取り敢えず立ち上がり、辺りを探る。

どうやらそこは小さな部屋だと言う事が解った。

が、家具などは全く無く、窓すらも見当たらなかった。

唯壁の一部にドアらしき物があったが、小さな覗き窓はこちら側からは開ける事は出来ず、
外の様子は全く伺えなかった。

呆然と、エドはその場に立ち尽くした。

どうすればいいか、全く解らなかった。

これが本来のエドならば、錬金術で壁に大きな穴を開ける事も可能だったのだが、今のエドには
自分が国家錬金術師だと言う事もまだ信じきれておらず、何かを錬成すると言う事すらも出来な
かった。


「お目覚めかい? 坊主。」


カタン、と、覗き窓が開き、男が顔を見せた。


「あんた・・・さっきの・・・」


その男は、確かに先程軍服を着ていた男だった。


「鋼の錬金術師が面白い事になってるって聞いてな。うちのボスが今の内に潰しておけと
言われたんだ。」


嫌な笑みを浮かべる男に、エドは嫌悪感を覚えた。


「おい、明るくしてやれ。」


男が向こう側を振り返って、仲間に命令するように言った。

小さく「はい」と答える声が聞こえ、すぐに部屋が明るくなる。


「・・・っっ!!」


エドはその部屋の異様さに息を呑んだ。

エドが居るその部屋は、辺り一面真っ赤に塗られていた。

壁は勿論、床も、天井も。


「俺達もガキを殺しちまうのは流石に気が進まねぇんでな。だから俺達の手が汚れねぇ程度に
させて貰うぜ。」


ククッ、と、男は喉を鳴らした。


「知ってるか?赤い色ってのは人を興奮させる色だが、そんな風に真っ赤な部屋に過度に明るい
照明を点けた中に放り込まれると、人間ってのは狂ってしまうんだぜ?たちまち落ち着きを失って
そわそわした気分になる。そうして段々狂って行くんだ。俺達は何も手を触れなくていいし、
おかしくなって行くのはお前の勝手だしな。こっちは楽ってもんだ。」


それじゃあお前が壊れた頃に迎えに来てやるよと言い残し、男は覗き窓を閉じた。

照明の明るさが、急に増した。

同時に部屋の温度が上昇したような気がした。

さっきまでひやりとしていたのに。

ぐらり、と、体が傾いだ。

変な汗が噴出して来る。

どこを見回しても赤い色が飛び込んでくる。

鼓動が早くなり、息が上がりだす。

嫌な感じが、体を包む。

思い出したくない、何かを思い出しそうで。


嫌だ・・・嫌だよ・・・怖い・・・


ぎゅっ、と、目を瞑るが、赤が強烈な印象をエドに与えたお陰で、いくら目を瞑っても赤い色は
拭えなかった。

酷く飛び散った血飛沫の中に居る錯覚。


「助けて・・・っ・・・大佐・・・」


自然に、エドの口から言葉が漏れた。

同時に溢れて来る涙。


「あ・・・あ・・・あぁ・・・ぁ・・・」


がくがくと、体中が震え始める。

頭の中で、何かが弾けた。

色々な映像が、フラッシュバックし始める。

最初は色の無い、線だけの映像。

それは段々鮮明に色付き、じきに音声を伴った。


「嫌だ・・・嫌だ・・・っ・・・大佐・・・大佐っ・・・・・・」


嗚咽と共に漏らす言葉が、部屋に響く。


「あ・・・あぁ・・・う・・・ぁ・・・あ・・・ああ・・・あ・・・」


段々と、先程よりも呼吸が乱れ、エドは堪らず声を上げた。


「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」


ぱぁん!と、エドの頭の中で、記憶が弾けた。





「また偉く派手にやっちまったなぁ・・・」


倒壊した建物を目の前にして、ヒューズが口を開いた。


「まぁここはセントラルじゃねぇから、俺は関係無いけどな。」


そう言って、からからと笑うヒューズの横で。

大きく息を付き、頭を抱えたロイの姿。


「ごめん・・・大佐・・・」


そんなロイに、エドが申し訳無さそうに言葉を紡ぐ。

だがロイは、頭を抱えながらも、くっくっ、と可笑しそうに笑っていた。


「いや、やはり君はこうでないとな。」


散々笑って、ロイは口を開いた。

その顔は本当に嬉しそうで。

そう。

あの部屋で、エドは記憶を取り戻したのだった。

元に戻ったエドの行動は、早かった。

建物ごと部屋を破壊し、犯人達を全て確保した。


「後は私達の仕事だ。心配しなくてもいい。」


ロイはエドの髪に手を添え、言った。


「・・・もう戻らないかと思ったぞ・・・?」


そう、紡がれた言葉に、エドは薄く微笑んで見せた。


「疲れただろう?先に帰って少し休んでいなさい。」

「ううん。いい。大佐と一緒に帰る。」


エドは、きゅ、と、ロイの服を掴み、小さく言った。

そうか、と、ロイは短く答え、それでは無理をしない程度にと、自分の傍に居るようにエドに言った。


「ねぇ、大佐。」

「ん?」


エドに呼ばれ、ロイがエドに視線を移す。


「あのさ、俺、記憶を失ってた時も、大佐の事、好きだったんだ。忘れてもちゃんと繋がって
たんだよ。俺達。」


そう言って、エドはロイの腕を、抱き締めた。



                                Fin.
作品名:アムネジア 作家名:ゆの