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ねぎにゃん
ねぎにゃん
novelistID. 26676
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ネクタイ印

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「やはり“印”で覚えてしまったせいでしょうかね。
あなたがネクタイを結ぶのをこうして見ていても、さっぱり
謎のままですよ」
覚えよう、などと注視していなくとも、“印”でならブッダは
ネクタイを結べたし、そもそもスーツを着る機会さえない。
梵天はそんなブッダを尻目に、くるくるとネクタイの布地を回し
端を上に持ってくると、スッと隙間に差し入れてノットの部分を
グッと引き上げた。この狭い、壁の薄い下界のアパートで
印を唱えるつもりはないようだ。
「暑くないのですか?」
天部にはクール・ビズはないのかと口にするブッダは、まだ
下着だけの姿だった。柄は『サッポロ一番』である。
彼には裸形への羞恥心が少ない。
そして、あんなに天部の方で体重管理に気を配っていると
いうのに、また少し痩せたようだ。
肌を晒しているせいで、こんな風に観察されているとも彼は
考えないらしい。さすがに“下着”くらいは身に着けているが。
そして、そんなブッダを余所目に梵天はせっせとスーツを着込む。
暑くはないのか、と問われても、ここは自分の家ではない。
本来はスーツを脱いで寛げる場所ではない。
この狭いアパートの一室は、ブッダとイエスでシェアして
いるものだった。
久しぶりの天界への帰省で、ブッダはイエスより一足、早く
下界へ戻って来ていた。『R2000』の締切が急遽、早まったと
梵天に急かされたせいだ。
その際、一緒に付いて来た梵天に、ブッダは「妙だ」と感じ
なかった訳ではない。
だがブッダは人を疑うことをせず、梵天が部屋に着くなり
ネクタイを解き、スーツの上着を脱ぎだした時も「暑いのだろうか」と
まだ呑気に思っていた。



「あの方がいないと、あなたは大変、素直ですね。シッダールタ」
彼の目に暑苦しく映っているのは承知で、梵天はスーツの上着に
袖を通した。
「あなたの押しの強さは充分、承知していますからね」
逆らうだけ体力の無駄なのだ。まさか梵天だとて、イエスの前で
こんな振る舞いなどしない。留守で今日の夕方まで戻って来ないと
分かっているからだ。
だったら、早く済ませてしまうに限る。
横たえていた身体を伸びをしながら起き上がり、ブッダは脱がされ
放られていたTシャツの皺をパンッ、と振るって少しだけましにした。
夕方にはイエスが戻る。そうしたら二人で久しぶりに銭湯に行く。
だから皺くちゃでも新しいTシャツには着替えない。
前にイエスと買い物に出掛けた時に冷やかしでスーツを試着した。
ネクタイの結び方を自分に訊ねるイエスに、思わず「梵天さんのを
見ていたので」とウッカリ口にしてしまったのを思い出した。
イエスは「どこで」とも「いつ」とも疑問を抱かなかったようだが。
今日は───今しがた、だが梵天がネクタイを解きだした時、
後で結ぶのをシッカリと覚えてイエスに教えてやろうか、などと
思ってしまった。
梵天はネクタイと上着をJrに引っ掛けてシャツのボタンを二つ三つ
外した。ブッダは腕を引かれ、だが脱がされたTシャツは、几帳面に
Jrに掛けられた梵天のスーツの扱いとは酷く違い、しばらく身体の
下敷きになって、汗にまみれた。
そしてもう梵天はきっちりスーツを着込んでいるが、ブッダは
ネクタイの結び方をイエスに教える事は出来そうにない。

「着替えないのですか?シッダールタ。二回戦目をお望みでしたら
吝(やぶさ)かじゃないですが」
「誰が・・・っ。冗談でしょう!夕方、イエスが戻ったら一緒に銭湯に
行くんです。どうせこんな汗だくで、これから原稿描きでしたら
皺だらけの服でも構わないでしょう。あなたは随分(そんな暑苦し
そうな格好でも)、涼し気ですが」
「そう見えますか?」
「天部の方針ですか?下界でスーツなのは」
「まぁ・・・そうですね。あなた方は休暇で下界に逗留している。
我々は“休暇”ではないですし」
「何かトゲのある言い方に聞こえますが」
「おや。“目覚めた人”らしからぬ物言いですね。あなたがどうしても
私のクール・ビズスタイルをご所望でしたら、また明後日、原稿を
頂きに来た時にでも、ご披露しますが。アロハ姿を」
「結構です」
ブッダの即答に、ハハ、と梵天は彼らしくない乾いた笑い声を立てた。
もうすぐイエスが戻り、彼らは二人で銭湯に行き、夕飯を食べて
狭い一間に薄い布団を並べて眠る。

これが“シッタールダの選んだ”休暇なのだ。

天上には暑さ寒さもなく花が咲き乱れ、小川のせせらぎに
小鳥のさえずり、天人たちの美しい歌声や楽の音。
馨しい香りに満ち、俗世では有りえない美しい風景が広がっていると
いうのに。

「・・・ところで・・・あなた、・・・梵天さん?“明後日”と、いま
言いました?」
ハッとブッダが、何かに気付いたような顔をする。
梵天は『R2000』の締切が早まったのでと自分の下界へ戻るのを
急かしたのではなかったか。ブッダはあらかじめ、原稿の工程の
半分以上を済ませていた。それも締切が、立川へ戻り二日後である、
と思えばこそだった。しかし急に締め切りの期日が二日、早まり
こうして慌しく立川へ戻って来たからには、イエスが戻る夕方までに
梵天にも手伝わせて原稿を仕上げなければと思っていたのだ。
「締め切りに変更はありません」
梵天は暑苦しいスーツ姿で、相変わらず涼しい表情(かお)をしている。
「はぁ?!あなた、R2000の締切が早まった、と言うので私を急かして
下界に付いて来たんじゃないんですか?!」
「嘘も方便と言うやつです。こうでもしないと、あなたと二人きりになんて
なれやしませんからね。締切が延びたと聞いて、まぁ結局、当初の
予定通りな訳ですが、何となく嬉しかったでしょう?」
サテ、と梵天が腕時計を確認する。今日は乗ってきたガチョウを路肩に
停めたままなのだ。
「・・・そんな人を騙すような嘘をついて、天上道(界)から人間道に
堕ちても知りませんよ」
「そうしたら、三人で住むにはこのアパートは狭いでしょうな」
「あなたは胎児からやり直しです!!」
「すぐに成長しますよ、何度でも。そして今度は、あなたが・・・シッタールダ。
わたしの輪廻を見守って下さって構いません。もしくは蜘蛛の糸ででも
引き上げて下さっても」
「誰が、あなたなんて───」
ふい、とブッダが視線を逸らす。
やっと皺だらけのTシャツだけを着て、素足を畳に伸ばしている。
まさかこの暑いさなかであれ、真面目な彼が自分が帰ったあとも
イエスの戻るまで、こんな格好で過ごすはずはないのだが。

「では“用事”も済みましたし、失礼します」
「こんな用事は二度とご免です」
まだ視線を合わせないままのブッダの頑なさに、梵天から笑みが漏れる。
こんな彼の姿など、きっとイエスは知らないに違いない。
まだ螺髪ではなかった頃の彼を知らないように。
「そうそう、その妙な柄の下着ですが、シッダールタ。これからも
続けた方がいい。さすがの私も一瞬、萎えかけましたから」
「・・・っ!あなたなんて、ずっと萎えたままでいればいいんですよ!!」
手近なものを、とブッダの投げつけた彼のジーンズが、バサッと梵天へ
向けて飛んでくる。笑って躱しながら玄関で靴を履いた。
作品名:ネクタイ印 作家名:ねぎにゃん