冬花
冬花は平然としている。女子である自分に全く抵抗感がない。自分に自信がある。
だから自分に似合わないことはしない。あえてしないのではなく、彼女は壊すべき自分の殻がない。そして何をしても似合っている。臆さない。崩れないからだ。
女の子らしいのを見てると、正直そんなおしとやかでつまらないんじゃないだろうかと思うときがある。出来ないことが沢山あるんじゃないだろうか。けれど何も過不足はない、というように過ごしていた。俺にははかりしれなかった。何が楽しくて笑っているのかよくわからなかった。
女子であることに抵抗がないので、男子を好きになって恋愛をすることにも全くてらいがない。何かが冬花の琴線に触れて俺が選ばれたが、何の照れもなく俺と恋愛しようとする冬花の態度に戸惑っていた。まわりはみんな、彼女は円堂が好きなんだと思っていたが、「ちがうよ」の一言ですべて否定してしまっていた。照れ隠しで「ちがうよ」と言ってるのではないことは、誰にでもわかった。彼女には、好きかどうかわからない、友達と恋人の差がわからないとういような不安定さがなかった。彼女は男を好きになることを知っていたのだ。女の子らしくてあまり男子と友達づきあいをしないくせに全く男子と平気で喋るのも、なんだろう、自分に安定感があって、女子男子大人子どもの区別がはっきりついていたからなんだと思う。久遠って大人だよな、と感心してチームメイトが言っていた。けれど彼女は大人なのではなく、ただ自分が子どもだとはっきり認識できているだけだ。他のマネージャー達は冬花に大して大人だとコメントしたことはない。単におれが聞いていないだけかも知れないが、大人という言葉で片づかないのがその性質だとわかっていたんじゃないかと思う。別にチームメイトが馬鹿だ、と言っているわけではなく。
ただこうやって冬花ひとりにまつわることを通して、人って個人単位で差別化されているんじゃなくて、年齢出身性差の隔たりが思っていたよりもはるかに大きく思えてきた。貧富、階級、国境、性差が足がかりになることをみんなが否定しているし、人間がそういった記号化できる部分だけで決まる物じゃないというのはもう誰もが実感として知っている世代だ。だから、正直俺は、誰とでも同じように関係が持てるのだろうと思っていた。けれど年が一歳違うだけで話せることも話せないし、同じことを目指して同じところで生活をしていても、大人と子どもと男子と女子は結局やっていることが違っていた。ごくたまに、それぞれが別の部屋へ入っていく自然な足取りが、とても不思議に見えた。
「ねぇ明王くんは私が嫌いなの?」
彼女は俺を好きになると、しっかりと距離を詰めにきた。いきなり下の名前で呼ぶことも、他のチームメイトには振らないような話題も、正直俺は居心地が悪かった。何か恋愛っぽいと思ったので、俺はそれを近寄らせたくなかった。何故かは、俺には説明できない。照れだとしても、どうして照れるのか、照れることがそんなに嫌なのか俺にはわからない。ただ冬花だけが全部を克服していて、しっかりと地に足をつけていて、明晰だった。冬花は俺が好きで、俺に受け入れてもらおうと思って着実で誠実だった。でも俺は、何を話していてもどうして自分と冬花が喋っているのか、という現状の不可解さから目をそらせなかった。むしろそればかりが気になっていた。冬花ははやくそれをとっぱらって、俺とただ話すことを望んでいたのだろう。そしてそれにどんなに時間がかかっても、それは問題じゃなかったのだろう。彼女は人とどうすれば恋人になれるのか知っていたのだ。というより、人には恋人という人間関係があるのだと知っていたのだ。だから何も戸惑わないのだろう。自分に必要な物だと知っていたから。
はじめ俺は冬花が怖かった。少しでもスキを見せれば恋愛が始まるのだと彼女の目は俺をおどしているのだと思っていた。そこから逃げるために、俺はただ冬花の話を聞いていることにした。
冬花はチームのことをしっかりみていて、一緒にプレーしていないとわかるはずがないと思っていた感触までとらえていて驚いた。けれどそれは見ていればわかることで、他のマネージャー達もわかっていると言っていた。初めて俺が冬花に心を開いて…というか単純に一対一として会話した話なので覚えている。話の内容がおもしろかったこともあるが、冬花とおもしろい話が出来る、というのがとても新鮮だった。「吹雪くんってプレーしてるときは普通だけど普段って何話していいかわからないよね」「綱海くんって結構感情的って言うか、失敗したり成功したりするとそれに対するリアクションで一瞬プレーから離れるよね、1テンポずれる」「円堂くんとかゴールキーパーって、正直もどかしいのかひまなのか何考えてるか一番不明だよね」。確かにそうだと思った。
冬花と話すのが日常的なことになって言ったが、正直おれは他人の目が気になった。ひやかすまではする連中じゃなかったが、最近仲いいなーくらいは思われていそうで、そしてそう思われたくなかった。何に対する抵抗か、やはりまだわからない。けれど隠れて会話するのはもっと嫌だった。俺は冬花と付き合うまで、そして付き合ってからも、わざとらしさとか不自然さを極度に意識してしまっている。話してるのが楽しければいくらでも喋ってるのが普通のはずだ、とか、喋ってるのが楽しいってつまり恋、とかそういうことが頭を巡ってとても煩わしかった。なんで冬花は平気なんだ、と思って色々考えて今まで喋ったような論が自分の中で展開するようになったのだが、けれど俺はまだ結局、それを自分の中に取り込めていない。
俺は今は冬花が好きだし、俺は冬花の彼氏だし冬花は俺の彼女だけれど、どうしてだろうただ朝挨拶するだけで、話したい話題を見つけるだけで、キスするだけで、ただ目を合わせるだけで、それらはもう二人の間に自然になったことなのに抵抗感を抱くときがまだある。冬花にはないのだろうか?俺には冬花の動揺は全く見えない。
冬花といるのはまず楽しかった。いつも笑っているので一緒にいると気分がよかったし、顔立ちも好きになっていった。仲が良くなると内面外見ともなんとなくいろんな所に目がいくようになって、冬花の思考が感じ取れるようになったり、部屋着になると見える首まわりや、キャミソールのとき見下すと見える下着や胸元を観察しているとおもしろかった。他人を自分の中に少しずつ取り込んでいっている感覚があった。女子だったので、自分には知らない部分が沢山あって新鮮だった。
初めてキスしたとき、冬花はあまりにも自然に目を閉じて唇を差し出してきたので俺は止まってしまった。急に緊張してきて、一度顔を近づけてもすぐ離してしまった。その気配を感じ取っているはずなのに、冬花はずっと俺を待ち続けていた。だから俺は自分に強引になってキスした。キスするとそれこそ俺は何をしているんだろうという気持ちが押し寄せて、でも頭の中は火がついたようで、そしてやめるわけにはいかないというような脅迫感に襲われていて、でも結局どうすればいいのかわからなかった。何秒かたって唇を離した。俺は冬花の顔が見れなかったが、俺より平然としているのは感じられた。
だから自分に似合わないことはしない。あえてしないのではなく、彼女は壊すべき自分の殻がない。そして何をしても似合っている。臆さない。崩れないからだ。
女の子らしいのを見てると、正直そんなおしとやかでつまらないんじゃないだろうかと思うときがある。出来ないことが沢山あるんじゃないだろうか。けれど何も過不足はない、というように過ごしていた。俺にははかりしれなかった。何が楽しくて笑っているのかよくわからなかった。
女子であることに抵抗がないので、男子を好きになって恋愛をすることにも全くてらいがない。何かが冬花の琴線に触れて俺が選ばれたが、何の照れもなく俺と恋愛しようとする冬花の態度に戸惑っていた。まわりはみんな、彼女は円堂が好きなんだと思っていたが、「ちがうよ」の一言ですべて否定してしまっていた。照れ隠しで「ちがうよ」と言ってるのではないことは、誰にでもわかった。彼女には、好きかどうかわからない、友達と恋人の差がわからないとういような不安定さがなかった。彼女は男を好きになることを知っていたのだ。女の子らしくてあまり男子と友達づきあいをしないくせに全く男子と平気で喋るのも、なんだろう、自分に安定感があって、女子男子大人子どもの区別がはっきりついていたからなんだと思う。久遠って大人だよな、と感心してチームメイトが言っていた。けれど彼女は大人なのではなく、ただ自分が子どもだとはっきり認識できているだけだ。他のマネージャー達は冬花に大して大人だとコメントしたことはない。単におれが聞いていないだけかも知れないが、大人という言葉で片づかないのがその性質だとわかっていたんじゃないかと思う。別にチームメイトが馬鹿だ、と言っているわけではなく。
ただこうやって冬花ひとりにまつわることを通して、人って個人単位で差別化されているんじゃなくて、年齢出身性差の隔たりが思っていたよりもはるかに大きく思えてきた。貧富、階級、国境、性差が足がかりになることをみんなが否定しているし、人間がそういった記号化できる部分だけで決まる物じゃないというのはもう誰もが実感として知っている世代だ。だから、正直俺は、誰とでも同じように関係が持てるのだろうと思っていた。けれど年が一歳違うだけで話せることも話せないし、同じことを目指して同じところで生活をしていても、大人と子どもと男子と女子は結局やっていることが違っていた。ごくたまに、それぞれが別の部屋へ入っていく自然な足取りが、とても不思議に見えた。
「ねぇ明王くんは私が嫌いなの?」
彼女は俺を好きになると、しっかりと距離を詰めにきた。いきなり下の名前で呼ぶことも、他のチームメイトには振らないような話題も、正直俺は居心地が悪かった。何か恋愛っぽいと思ったので、俺はそれを近寄らせたくなかった。何故かは、俺には説明できない。照れだとしても、どうして照れるのか、照れることがそんなに嫌なのか俺にはわからない。ただ冬花だけが全部を克服していて、しっかりと地に足をつけていて、明晰だった。冬花は俺が好きで、俺に受け入れてもらおうと思って着実で誠実だった。でも俺は、何を話していてもどうして自分と冬花が喋っているのか、という現状の不可解さから目をそらせなかった。むしろそればかりが気になっていた。冬花ははやくそれをとっぱらって、俺とただ話すことを望んでいたのだろう。そしてそれにどんなに時間がかかっても、それは問題じゃなかったのだろう。彼女は人とどうすれば恋人になれるのか知っていたのだ。というより、人には恋人という人間関係があるのだと知っていたのだ。だから何も戸惑わないのだろう。自分に必要な物だと知っていたから。
はじめ俺は冬花が怖かった。少しでもスキを見せれば恋愛が始まるのだと彼女の目は俺をおどしているのだと思っていた。そこから逃げるために、俺はただ冬花の話を聞いていることにした。
冬花はチームのことをしっかりみていて、一緒にプレーしていないとわかるはずがないと思っていた感触までとらえていて驚いた。けれどそれは見ていればわかることで、他のマネージャー達もわかっていると言っていた。初めて俺が冬花に心を開いて…というか単純に一対一として会話した話なので覚えている。話の内容がおもしろかったこともあるが、冬花とおもしろい話が出来る、というのがとても新鮮だった。「吹雪くんってプレーしてるときは普通だけど普段って何話していいかわからないよね」「綱海くんって結構感情的って言うか、失敗したり成功したりするとそれに対するリアクションで一瞬プレーから離れるよね、1テンポずれる」「円堂くんとかゴールキーパーって、正直もどかしいのかひまなのか何考えてるか一番不明だよね」。確かにそうだと思った。
冬花と話すのが日常的なことになって言ったが、正直おれは他人の目が気になった。ひやかすまではする連中じゃなかったが、最近仲いいなーくらいは思われていそうで、そしてそう思われたくなかった。何に対する抵抗か、やはりまだわからない。けれど隠れて会話するのはもっと嫌だった。俺は冬花と付き合うまで、そして付き合ってからも、わざとらしさとか不自然さを極度に意識してしまっている。話してるのが楽しければいくらでも喋ってるのが普通のはずだ、とか、喋ってるのが楽しいってつまり恋、とかそういうことが頭を巡ってとても煩わしかった。なんで冬花は平気なんだ、と思って色々考えて今まで喋ったような論が自分の中で展開するようになったのだが、けれど俺はまだ結局、それを自分の中に取り込めていない。
俺は今は冬花が好きだし、俺は冬花の彼氏だし冬花は俺の彼女だけれど、どうしてだろうただ朝挨拶するだけで、話したい話題を見つけるだけで、キスするだけで、ただ目を合わせるだけで、それらはもう二人の間に自然になったことなのに抵抗感を抱くときがまだある。冬花にはないのだろうか?俺には冬花の動揺は全く見えない。
冬花といるのはまず楽しかった。いつも笑っているので一緒にいると気分がよかったし、顔立ちも好きになっていった。仲が良くなると内面外見ともなんとなくいろんな所に目がいくようになって、冬花の思考が感じ取れるようになったり、部屋着になると見える首まわりや、キャミソールのとき見下すと見える下着や胸元を観察しているとおもしろかった。他人を自分の中に少しずつ取り込んでいっている感覚があった。女子だったので、自分には知らない部分が沢山あって新鮮だった。
初めてキスしたとき、冬花はあまりにも自然に目を閉じて唇を差し出してきたので俺は止まってしまった。急に緊張してきて、一度顔を近づけてもすぐ離してしまった。その気配を感じ取っているはずなのに、冬花はずっと俺を待ち続けていた。だから俺は自分に強引になってキスした。キスするとそれこそ俺は何をしているんだろうという気持ちが押し寄せて、でも頭の中は火がついたようで、そしてやめるわけにはいかないというような脅迫感に襲われていて、でも結局どうすればいいのかわからなかった。何秒かたって唇を離した。俺は冬花の顔が見れなかったが、俺より平然としているのは感じられた。