【シンジャ】七海の覇王に愛されて【6月東京シティサンプル】
序章
街の向こう側にある美しい青い海を一望する事が出来る長い廊下には、白髪に近い銀色の髪と深い闇のような色の双眸をした青年の姿がある。高いとは決して言えない鼻の上にあるそばかすが特徴のその青年が着ているのは、この国の王宮に仕える者が着る官服である。まだ二十五という年齢であったが、その青年。ジャーファルはこの国の政務を王から任されている政務官であった。
そんなジャーファルが向かっているのは、この国の王の元である。仕事を放り出しいつの間にか体を動かしに外へと出掛けていたこの国の王であるシンドバッドは、汗をかいたので汗を流しに行っているそうだ。王専用の浴場まで行き中に入ると、楽しそうな男女の声が聞こえて来た。女性と楽しそうに話している声は、シンドバッドの物であった。そんな声に導かれるようにして声がしている方を見ると、そこには白い単衣を着た女官たちに体を洗って貰っているシンドバッドの姿があった。
王が自ら体を洗わずに女官たちに体を洗って貰う事は当然の事である。そして、明るい性格をしているだけで無く王でありながら人を見下した所が全く無い彼が、女官たちと談笑をしているのは何ら珍しい光景では無い。今まで何度もそんな彼の姿を目にした事があるというのに胸にちくちくとした痛みを感じてしまったのは、話しをしているのが体を洗って貰っている相手だからなのだろう。
湯の底が見え無くなってしまうほど赤や薄桃色の花の花弁が浮いた湯から漂って来ている甘い匂いを感じながらシンドバッドの姿を見ていると、自分がやって来た事に気が付いたのか、女官たちと談笑をするのを止めた彼の視線がこちらへと向かった。
「どうした、ジャーファル」
「どうしたじゃありませんよ、また勝手に仕事を放り出して」
体を動かすのが好きな彼は書類仕事が苦手で、目を離すと書類仕事を放って何処かに行ってしまう事があった。その事について今まで何も言った事が無い訳が無い。真面目に仕事をしてくれないと困るのは自分やその他の臣下であるという事を何度も言っているのだが、彼の行動が改善される兆しは無かった。
「後でちゃんとするから良いだろ。たまには息抜きも必用だと思うぞ」
「あなたの場合、息抜きの方が多い気がするんですが!」
常に仕事を真面目にしているのならば自分はこんな事など言わない。そう思いながら言った事により、王に対して使うような言葉遣いでは無い乱暴な言葉遣いになってしまった。その事を後悔する事が無かったのは、そんな口調で話しかけられた事に対して怒るような男では彼が無い事を知っているからである。良く言えば大様。悪く言えば大雑把な性格をシンドバッドはしていた。
「そうか?」
そう言ったシンドバッドの様子は、そんな事は無いと思っている事が分かるものであった。それを見て腸が煮えくり返った。
直ぐに感情的になってしまう所が自分の悪い所であるという事は分かっていたのだが、なかなかその部分を直す事が出来無かった。穏やかで温厚そうな見た目をしているというのに、それに反してジャーファルは感情の起伏が激しい性格をしていた。
「そうですよ!」
「それで、ここに来たって事は何か俺に用があるんだろ?」
自分がここまで来た理由が、仕事を放り出して外に出た自分を怒りに来たのでは無いという事に彼は気が付いているようだ。
彼の思っている通りわざわざ浴場まで来たのは、彼に伝えなければいけない事が出来たからである。その通りであるという事を表情で示すと、自分とシンドバッドが話し出した事により黙って周りに控えていた女官たちにシンドバッドが視線を向けた。
「ジャーファルと話しがある」
「分かりました。私たちはこれで失礼します」
シンドバッドの体を洗っていた二人の女官は、顔の前で両手を組み頭を下げると入っていた湯船の中から出た。こちらに出入り口があるので、その二人の女官はこちらへと来ると一度足を止め、先程シンドバッドにしたように頭を下げてから自分の横を通り過ぎ浴場から出て行った。
女官たちが出て行ったのを見届けてから豪華であると共に広い浴場の中にある浴槽の方へと行くと、浴槽の中へと入っているシンドバッドがざばざばという音を立ててこちらへとやって来た。
入浴中であるのだから当たり前の事であるのだが、彼が今身に付けているのは常に身に付けている金色の丸い耳飾りのみで、その他には何も身に付けていない。裸になる事や他人に裸を見られる事に対して全く抵抗の無い彼は、平気でよく裸へとなっていた。その為彼の裸など見慣れた物であるのだが、王とは思えないほど筋肉が付いている彼の体に目を奪われてしまう。
(……っ!)
そんな自分に気が付き、シンドバッドにその事へと気が付かれないように何事も無かったかのように彼から視線を離した。
シンドバッドが浴槽の中で歩く事によって大きくなっていた音が止まり視線を戻すと、直ぐ側まで彼がやって来ていた。そんな彼に何故ここまで自分が来たのかという事を話すと、急に王らしい顔へと彼はなった。普段の姿は全く王には見え無いのだが、こうやって国の事について考えている時の顔は王の物であった。
「それでは、私は仕事に戻りますので、あなたも出たらちゃんと仕事に戻って下さいね」
話しが終わり仕事へと戻る事にしたのだが、その前にシンドバッドに念押しをしておく事にした。しなくてはいけない仕事であるというのに、そんな自分の言葉を聞き急に彼は恨みがましい顔へとなった。そんな顔を向けられたからといって、今日はここまでで仕事は良いなどと言うつもりは無い。こんな事ぐらいでそんな事を言っていたら、国の業務が滞ってしまう。
これがなければ良い王なのだが。
否、直して欲しい所はこれだけでは無い。
酒癖も直して欲しい。
酒に弱い訳では無いのだが、酒の量を調節する事が出来ずに。否、調節する気が無いと言った方が良いのかもしれない。好きなだけ酒を飲んだ結果、酒癖の悪い彼は今まで様々な問題を起こしてくれていた。それの後始末をするのは、常に自分であった。
既に自分だけでは捌ききれないほどの仕事の量を抱えているので、これ以上仕事の量を増やさないで欲しいと思いながらシンドバッドに背中を向けようとした。そのまま浴場から出て行くつもりであったのだが、背中を向ける前にシンドバッドに呼び止められてしまった。
「ジャーファル」
「はい」
シンドバッドへと視線を戻した瞬間、浴槽の縁へと片手をいつの間にか付いていた彼の手がこちらへと伸びて来た。その後の出来事は、一瞬の出来事であった。腕を彼に掴まれたと思うと、浴槽の中へと戻った彼に腕をぐいっと引っ張られ浴槽の中に落ちる事になってしまった。
「……うわっ! 何をするんです!」
顔に掛かった水を手で拭きながら自分を浴槽の中へと引き摺りこんだ相手にそう言うと、体を前から抱き締められてしまった。
自分の体を抱き締めるような勇気がある人物など一人しかいない。そして、ここには彼しかいないので自分の体を抱き締めているのが彼以外である筈が無い。自分の体を太い腕で抱き締めている相手を鋭い眼差しで見た。
「何してるんですか」
「抱き締めたくなったから抱き締めただけだ」
街の向こう側にある美しい青い海を一望する事が出来る長い廊下には、白髪に近い銀色の髪と深い闇のような色の双眸をした青年の姿がある。高いとは決して言えない鼻の上にあるそばかすが特徴のその青年が着ているのは、この国の王宮に仕える者が着る官服である。まだ二十五という年齢であったが、その青年。ジャーファルはこの国の政務を王から任されている政務官であった。
そんなジャーファルが向かっているのは、この国の王の元である。仕事を放り出しいつの間にか体を動かしに外へと出掛けていたこの国の王であるシンドバッドは、汗をかいたので汗を流しに行っているそうだ。王専用の浴場まで行き中に入ると、楽しそうな男女の声が聞こえて来た。女性と楽しそうに話している声は、シンドバッドの物であった。そんな声に導かれるようにして声がしている方を見ると、そこには白い単衣を着た女官たちに体を洗って貰っているシンドバッドの姿があった。
王が自ら体を洗わずに女官たちに体を洗って貰う事は当然の事である。そして、明るい性格をしているだけで無く王でありながら人を見下した所が全く無い彼が、女官たちと談笑をしているのは何ら珍しい光景では無い。今まで何度もそんな彼の姿を目にした事があるというのに胸にちくちくとした痛みを感じてしまったのは、話しをしているのが体を洗って貰っている相手だからなのだろう。
湯の底が見え無くなってしまうほど赤や薄桃色の花の花弁が浮いた湯から漂って来ている甘い匂いを感じながらシンドバッドの姿を見ていると、自分がやって来た事に気が付いたのか、女官たちと談笑をするのを止めた彼の視線がこちらへと向かった。
「どうした、ジャーファル」
「どうしたじゃありませんよ、また勝手に仕事を放り出して」
体を動かすのが好きな彼は書類仕事が苦手で、目を離すと書類仕事を放って何処かに行ってしまう事があった。その事について今まで何も言った事が無い訳が無い。真面目に仕事をしてくれないと困るのは自分やその他の臣下であるという事を何度も言っているのだが、彼の行動が改善される兆しは無かった。
「後でちゃんとするから良いだろ。たまには息抜きも必用だと思うぞ」
「あなたの場合、息抜きの方が多い気がするんですが!」
常に仕事を真面目にしているのならば自分はこんな事など言わない。そう思いながら言った事により、王に対して使うような言葉遣いでは無い乱暴な言葉遣いになってしまった。その事を後悔する事が無かったのは、そんな口調で話しかけられた事に対して怒るような男では彼が無い事を知っているからである。良く言えば大様。悪く言えば大雑把な性格をシンドバッドはしていた。
「そうか?」
そう言ったシンドバッドの様子は、そんな事は無いと思っている事が分かるものであった。それを見て腸が煮えくり返った。
直ぐに感情的になってしまう所が自分の悪い所であるという事は分かっていたのだが、なかなかその部分を直す事が出来無かった。穏やかで温厚そうな見た目をしているというのに、それに反してジャーファルは感情の起伏が激しい性格をしていた。
「そうですよ!」
「それで、ここに来たって事は何か俺に用があるんだろ?」
自分がここまで来た理由が、仕事を放り出して外に出た自分を怒りに来たのでは無いという事に彼は気が付いているようだ。
彼の思っている通りわざわざ浴場まで来たのは、彼に伝えなければいけない事が出来たからである。その通りであるという事を表情で示すと、自分とシンドバッドが話し出した事により黙って周りに控えていた女官たちにシンドバッドが視線を向けた。
「ジャーファルと話しがある」
「分かりました。私たちはこれで失礼します」
シンドバッドの体を洗っていた二人の女官は、顔の前で両手を組み頭を下げると入っていた湯船の中から出た。こちらに出入り口があるので、その二人の女官はこちらへと来ると一度足を止め、先程シンドバッドにしたように頭を下げてから自分の横を通り過ぎ浴場から出て行った。
女官たちが出て行ったのを見届けてから豪華であると共に広い浴場の中にある浴槽の方へと行くと、浴槽の中へと入っているシンドバッドがざばざばという音を立ててこちらへとやって来た。
入浴中であるのだから当たり前の事であるのだが、彼が今身に付けているのは常に身に付けている金色の丸い耳飾りのみで、その他には何も身に付けていない。裸になる事や他人に裸を見られる事に対して全く抵抗の無い彼は、平気でよく裸へとなっていた。その為彼の裸など見慣れた物であるのだが、王とは思えないほど筋肉が付いている彼の体に目を奪われてしまう。
(……っ!)
そんな自分に気が付き、シンドバッドにその事へと気が付かれないように何事も無かったかのように彼から視線を離した。
シンドバッドが浴槽の中で歩く事によって大きくなっていた音が止まり視線を戻すと、直ぐ側まで彼がやって来ていた。そんな彼に何故ここまで自分が来たのかという事を話すと、急に王らしい顔へと彼はなった。普段の姿は全く王には見え無いのだが、こうやって国の事について考えている時の顔は王の物であった。
「それでは、私は仕事に戻りますので、あなたも出たらちゃんと仕事に戻って下さいね」
話しが終わり仕事へと戻る事にしたのだが、その前にシンドバッドに念押しをしておく事にした。しなくてはいけない仕事であるというのに、そんな自分の言葉を聞き急に彼は恨みがましい顔へとなった。そんな顔を向けられたからといって、今日はここまでで仕事は良いなどと言うつもりは無い。こんな事ぐらいでそんな事を言っていたら、国の業務が滞ってしまう。
これがなければ良い王なのだが。
否、直して欲しい所はこれだけでは無い。
酒癖も直して欲しい。
酒に弱い訳では無いのだが、酒の量を調節する事が出来ずに。否、調節する気が無いと言った方が良いのかもしれない。好きなだけ酒を飲んだ結果、酒癖の悪い彼は今まで様々な問題を起こしてくれていた。それの後始末をするのは、常に自分であった。
既に自分だけでは捌ききれないほどの仕事の量を抱えているので、これ以上仕事の量を増やさないで欲しいと思いながらシンドバッドに背中を向けようとした。そのまま浴場から出て行くつもりであったのだが、背中を向ける前にシンドバッドに呼び止められてしまった。
「ジャーファル」
「はい」
シンドバッドへと視線を戻した瞬間、浴槽の縁へと片手をいつの間にか付いていた彼の手がこちらへと伸びて来た。その後の出来事は、一瞬の出来事であった。腕を彼に掴まれたと思うと、浴槽の中へと戻った彼に腕をぐいっと引っ張られ浴槽の中に落ちる事になってしまった。
「……うわっ! 何をするんです!」
顔に掛かった水を手で拭きながら自分を浴槽の中へと引き摺りこんだ相手にそう言うと、体を前から抱き締められてしまった。
自分の体を抱き締めるような勇気がある人物など一人しかいない。そして、ここには彼しかいないので自分の体を抱き締めているのが彼以外である筈が無い。自分の体を太い腕で抱き締めている相手を鋭い眼差しで見た。
「何してるんですか」
「抱き締めたくなったから抱き締めただけだ」
作品名:【シンジャ】七海の覇王に愛されて【6月東京シティサンプル】 作家名:蜂巣さくら